芸術家のくすり箱は、ダンサー・音楽家・俳優・スタッフの「ヘルスケア」をサポートし、芸術家と医師・治療師・トレーナーをつなぐNPOです。
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私流ヘルスケア:金森穣さん(演出振付家、舞踊家、りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督)

ダンサーの能力を生かすカンパニーとしてのヘルスケア

圧倒的な作品力とパフォーマンスで、日本の舞踊界を牽引するNoism。日本で公立劇場に属する初の舞踊団の設立者であり、りゅーとぴあの舞踊部門の芸術監督でもある金森穣さんに、高い能力とスキルを求められるダンサーを支えるヘルスケアについてうかがいました。


まずは身体の訓練から

──日本では「稽古」というと、舞台作品の練習に偏ることが多いと思いますが、Noismさんの場合は「Noismメソッド」と「Noismバレエ」を毎日されているそうですね。

 稽古というよりトレーング、訓練なんだよね。毎朝9:30から「Noismメソッド」クラス。これはNoism2*のメンバーは必須で、Noism1*は自主参加。10:30から全員で「Noismバレエ」。ウォームアップではないので、舞踊家はそれよりも30分とか1時間早く来て、訓練が始められる状態にしていますね。作品に向けた練習以前に、身体をつくる。それが「Noismメソッド」であり「Noismバレエ」なんです。

 Noismを始めるときに、朝のクラスは必ず全員参加って決めたんですよ。それはやっぱり、21世紀色々なものが個人化していく中に、集団じゃなきゃできないものを生み出したい、そういう集団でありたい、という思いがあって。みんなで同じ稽古をすることで、何かを共有していく、日々稽古を続けることで身体の変化を感じる、それはすごく重要なことだと思う。

*Noism1は正式メンバー、Noism2は研修生で構成されるカンパニー

──オリジナルの訓練として意識的に取り入れている要素はありますか?

 「Noismバレエ」は、バレエを基礎としたNoism独自のバレエクラスです。クラシックバレエは、身体を外に開いていくものだし、運動の軸は垂直にあるでしょ。でも、日本の舞踊は身体を内側に閉じていて、軸は水平にある。それは形式だけの問題ではなくて、日本の伝統的な生活様式や精神性の結果ですよね。我々は、西洋からの影響と東洋の身体文化を踏まえたうえで、現代アジア人としての身体表現を生み出していこうとしています。

 そのためには、筋肉のはりを養うと同時に、緊張と弛緩をいかにコントロールするか、いかに床を使うか、いかに皮膚を意識するか、空間を意識するか、関節の可動域を広げるか。もう、課題はたくさんあるわけですよ。それらを、できるだけ養えるように体系化しています。


Noismが取り組む身体ケア

──Noismでは、ダンサーに対してどのようなケアの体制をとっていますか?

 専属のトレーナーを付ける予算はないんですが、設立当初から身体のケアはカンパニー活動として入れたいということで、メンバーは月2回、提携している治療院に無料で行けるという体制を続けています。

 それと本番の数日前からは、自分がすごく信頼している福島の柔道整復師の先生をお呼びして、本番間際のきつい時期、リハーサルの合間にみてもらったり、公演後のマッサージをしてもらったり、本番中も何か怪我があればすぐに対応してもらえるような体制を整えています。

 あとは、アイシングがすごく重要なので、氷は常備。冷凍庫にびっしり入っていて、誰か何かしたら、ほかの誰かが走って氷をとってきてすぐ冷やす。別にマニュアルがあるわけじゃなくて、新しく来た子は、こういうときに冷やすんだなとか、先輩から自然に学んでいますね。

──地元には、どなたかいらっしゃらないですか?

 新潟にもみんなが定期的に受診している若い先生もいるんですけど、まだそこまで全面的に任せられるという人は出会ってないかな。日本に帰ってきてから色んな人に診てもらっているけど、その中で「この人はすごいな」と思ったのがいまの先生です。

──その先生のいいところは?

 触られた感じで"わかっている手"だとすぐにわかるし、知識もものすごく豊富で、マッサージも、調整も、鍼もできるし、脱臼すればすぐはめられる。いろいろなシーンに対応できる人です。とっさの怪我って、その瞬間にどこまで早く適切に処置が施せるかで、状態も後のリハビリにかかる時間も変わってくるから、適切な処置ができるということはすごく重要。残念ながら日々のリハーサルには先生は居ないので、何かあったらすぐに電話して、どうしたらいいか指示を仰ぎます。  とはいえ、あくまでその先生もワン・オピニオンなんですけどね。新潟の病院の先生にも、サッカークラブの膝専門の人にも、その人の考えがある。一方で、Noismでお願いしているトレーナーの先生の言う事もある。選択肢を持ったうえで、本人が信頼する先生を選ばないとだめだね。特に手術なら、ひとつの選択しかないのは怖過ぎるね。

──長く見て下さっているということと、Noismの踊り方を知っているという信頼感はありますね。

 それは大きいね。本来であれば、先生みたいな方が常時カンパニーにいてくれれば一番ありがたいんだけど。でも、日々新潟で見てもらう先生も、やっぱり常に見ているからわかる違和感とか、ちょっといまここは気をつけた方がいいとか、わかりますね。身体は生ものだし、経過を含めて変化をたどらずに、その瞬間のことだけで判断されることが一番危ないよね。

──ほかに取り組んでいることはありますか? 

 超音波治療器もあります。それもその先生に相談をして、メンバーが自分たちで普段から使えるものをカンパニーで購入しました。我々でも買える金額で、ちゃんとしたものです。ツアーにも持っていきます。それは結構みんな使ってるよね。もうそろそろ寿命だから、新しくしたいとけど、予算が......(笑)。

 あとひとつ、うちは年俸制なので怪我して休むことになっても給料(報酬)は払われます。専属のトレーナーがずっと居るわけでもなく、リハビリは自分たちで行かなきゃいけないから、財団を説得して、いまのところ了承されています。もちろんそういう体制でリハビリに集中できる子たちは、すごくそこにありがたみを感じるだろうから、早く戻りたいとか、もう次は怪我しないようにとか、いろいろ考えるでしょう。

──いろいろと整えた体制のあり方を、金森さんは海外の経験から学んだのですか?

 そうですね。日本でバレエ団に居たころも、先輩たちがよく行っている治療院の先生はいたし、優れた人だよ、と紹介してくれた人はいたけど、でもカンパニーレベルでケアしてくれる体制は日本では無いので、自己負担だったり、みんな自分たちでやっていかなきゃいけなかった。対してヨーロッパでは、基本的にはカンパニーに常駐の人が居ました。


自分の身体に興味を持ったら勝ち

──カンパニーのメンバーのセルフケアはいかがですか?

 セルフケアは個々ですよ。ジャイロトニックに行ってみたりとか、ヨガに行ってみたりとか。ヤムナボールがみんなに流行ったこともありますけど。必要なケアも好みも個人差がありますからね。例えば怪我をしたときは、何かやり方を変えなきゃいけないとか、何か新しいことを学んだ方がいいんじゃないかと気付くかどうかも。

 最終的には自分の身体に興味を持ったら勝ちなんですよ。みんな踊りが好きでやっているけれど、案外身体への興味は稀薄。それはヨーロッパでも同じだけど、向こうは教育がしっかりしていて、学校で解剖学とかを学ぶからベースが違う。でも身体に興味を持ち始めれば、色んなことに気が付くし、まして今はネットで調べればどんどん情報が得られるでしょう。


身体の声をきいて自然に対応する

──金森さんご自身では、どんなヘルスケアをしていますか?

  特別何もしてないですよ。毎朝最低でも40分はストレッチをします。そしてバーレッスンだけはみんなと絶対にする。センターの時は創作の準備や打ち合わせなどがあるからね。別にそれを自分に課しているわけじゃなくて、もう日常になっているんです。それくらいですよ。

 リハーサルの時は座っている時間が長いので、椅子ではなくバランスボールに座っていますけど、特に何かしようとしてするのではなくて、自分の感覚で「ちょっといまヤバいな」「この方が腰にいいな」という感覚に、自然に対応しますよね。疲れているなと思ったら脂っこいものは控えるとか。でもそれは身体にきけばわかることで、理屈じゃない。普段は結構何でも食べますよ。お酒はのめないけど、たばこはのみますよ。

 ストレッチだってルーティン化して、ある特定のものだけやって満足していると、意外と裏側が伸びてなくて、それが怪我の要因になったりとかね。だからそれはもう自分で、感覚でとらえないとだめだよね。

──やっぱり自分の感覚が大事ということですね。

 もちろん。あとは、若い子たちに対しては、こういう選択肢があるよっていうことは我々指導者が示さなきゃいけないことだと思うんです。決められたことをしていればいいって、自分で考えなくなるのが一番危ない事であって。あとはもう彼らがそれを拾うしかないでしょう。

 ただ、身体はある種の負荷をかけないと変わらないものだから、稽古し過ぎはよくないとか臆病になっていったら、身体は強くならないし、新しいものは生み出せない。バランスは難しいよね。


先駆者の役割

──最後に、芸術家のくすり箱に期待することはありますか?

 日本の中に専属舞踊団がもっとあれば、くすり箱のような組織が各専属舞踊団や協会に対して、「こういう先生がいますよ」とか、「こういう方法がありますよ」とか、つなぐ役割が果たせて、充実していけるでしょうけど、いまはまだみんな個人でやってるからね。まあ、それぞれのカンパニーを運営する人たちが、もうちょっとその辺の意識を持てるようになるといいんじゃないかな。

 日本って、どうしてもまだ相変わらず「気合いと根性」みたいなところがあるでしょう。個人的には嫌いじゃないんですけど。気合いと根性の果てにちゃんとしたケアが待っていれば最高だと思うね(笑)。

 我々も11年、そちらも10年でいまだ唯一でしょうから......まあ難しいよね、ほかに同様の団体ができるまで、まだまだ長くかかるでしょう。いずれそのときがくるまでに、我々もそうですけど、知恵と経験を蓄えて、社会が必要になったら、それらを全部還元すればいい。それが先駆者の役割なんじゃないですか。


金森穣(かなもり・じょう)
演出振付家、舞踊家、りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督。17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャール等に師事。イリ・キリアンにその才能を認められ20歳で演出振付家デビュー。10年間欧州で舞踊家/演出振付家として活躍したのち帰国。'04年4月より現職、日本初の公立劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞ほか受賞歴多数。


金森穣さんオフィシャルサイト
Noismオフィシャルサイト

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2015.7作成]