今年1月、東京シティ・バレエ団が、既存のバレエファンをうならせる「ダブル・ビル」公演を行いました。 複雑でユニークな動きを多用した『L’heure bleue(ルール・ブルー)』と、パワーみなぎる交響曲をまるごと通して楽譜通りに踊る『ベートーヴェン 交響曲第7番』は、観る人をワクワクさせる反面、ダンサーにとってはハードなものだったのでは……。
芸術家のくすり箱では、この公演と、その2か月前の地方の学校を巡回する学校公演に、リハーサル期間からトレーナーチームを派遣し、ダンサーのサポートに当たりました。また、メディカルチェックやコンディショニングのワークショップも行うモデルプログラムとして実施しました。
今回は、実際にサポートを受けた3名のダンサー、岡博美さん、平田沙織さん、浅井永希さんにお話を伺いました。
写真左『L’heure bleue(ルール・ブルー)』、右『ヴェートーヴェン 交響曲第7番』
サポートがついて、のびのび踊ることができた
──まずは日本初演の独特の動きによりユニークな世界観をもつ「ルール・ブルー」という作品・振付は、踊り手にとってどんな感覚でしたか?
岡:(ややこしい動きをしているようにみえると思いますが)動きの基本がバレエだからか、身体を通すことでクラシックバレエの方も身体が気持ち良く動くようになったのが、おもしろかったですね。それは、みんなが感じていたみたいです。
平田:ただクラシックの型を崩すだけじゃなくて、動きがちゃんとつながっているからかな。普段動かさない筋肉を使って、身体が呼び覚まされた、というのもあるかもしれません。
──平田さんは、「ルール・ブルー」と「ベートーヴェン」両方に出演されたんですよね。踊りっぱなしのハードなプログラムを見事にやり遂げられた秘訣があったら教えてください。
平田:さすがに劇場入りした日は、場当たりから始まって長時間ですし、体力的に辛かったんですけど、博美さんが言うようにルール・ブルーのあとにベートーヴェンをやると動きやすかったんですよ。
筋肉を大きく使ったり、外側も使わなきゃいけないルール・ブルーと、なるべく細いラインできゅっと絞りあげてみせるのとでは、身体の使い方が全然ちがうし、身体は疲れているはずなのに、ルール・ブルーのあと、ベートーヴェンで5番ポジションでしゅっと立った瞬間、最初から、はい、OK! みたいな感じがあって。本番は、衣裳の早替えが大変だった以外、2演目やったからきつかったというのはなかったです。
浅井:僕は両方の作品に出ましたが、ルール・ブルーの方は体力的には楽な方だったので……(笑)。
──もともとレッスン以外に体作りやコンディショニング、メンテナンスはどんなことをしていましたか?
岡:自宅では、必ずお風呂上がりにオイルマッサージをするとか、ケアはしていますね。トレーナーさんにもついていただいていて、ここ1年くらいトレーニングもやっています。
浅井:僕は週1回整体に行く程度で、あとは怪我をしたら病院に行くくらいでした。
──岡さんはトレーナーさんについたきっかけはありますか?
岡:去年左足首を骨折して手術したのがきっかけです。もともと、足首が弱かったんですけど、やっぱりそれは使い方の効率よくなかったり、自分でうまくコントロールできてなかったりした部分もあったので、いまの段階で身体を作り直した方が、これからたくさん動くためにも、色んな作品に出会うためにも、いいなと思ったので、始めました。やってみると、自分で動かせる箇所がすごく増えて、踊りやすくなりました。
平田:私も、トレーナーについて体幹を鍛えるトレーニングなどを教えてもらっています。その先生は治療師でもあるので、治療をして、さらに「この筋肉が張っているのは、こっちの筋肉が使えてないからなので、このトレーニングをやってください」みたいなことを個別に見てもらっています。
きっかけは、一昨年の公演でスネを痛めたことです。近所の治療院にいって電気を当ててもらっても全然よくならず、本番もすごく痛かったんです。ところが、他のダンサーをみるために劇場にきていた先生に治療してもらったらかなりよくなって。そのときに、ここに疲労が来ちゃうのは、筋肉がこういう状態だからだよと教わって、じゃあトレーニングもお願いします、ということになりました。
──今回バレエ団としてリハーサル期間からくすり箱のサポートがつきましたが、いかがでしたか?
劇場にもトレーナーエリアを設置 |
平田:リハーサルが終わってすぐにケアを受けられるのが良かったです。リハーサルのあとは教える仕事があるので治療院に行く時間もないですし、怪我まで行かなくても、なんとなく今日ここに疲れが溜まってるな、というときも、そのままにしないで、すぐみてもらえたので、次の日の調子が全然違いました。
岡:自分ではほぐしきれなかったり伸ばしきれないところをケアしていただくことで、疲労が溜まりづらかった。体が戻っていくのが早かったです。
平田:ちょっとした痛みがあるとき、これはストレッチをした方がいいのか、マッサージしていいのか迷うときに、みてもらうまでいかなくても、きいたら「それはとりあえず最初に冷やして」など、アドバイスしてもらえました。
浅井:僕は、スネを痛めていた時期だったので、今回サポートで主に鍼を受けたんですが、本当に助かりました。リハーサル期間は忙しくて、治療院とかも行けないですから。
あと、ケアしてくれる人が、リハーサルも見てもらえたのが良かったです。どういう動きをしたいかわかってもらえるので。
リハーサルの合間に楽屋でケア |
──今回、地方を巡回する学校公演への帯同も好評でしたが、劇場での公演とはどんな違いがありますか?
岡・平田:学校公演は、劇場とちがって疲れやすいです。
浅井:浅井:床の衝撃が強いので、脚に負担がかかります。
岡:あとは、バス移動など、狭いところに座って長時間動けないのが結構辛いですね。公演が終わった後に時間がなくて、うまくクールダウンができないのも疲れるのかな、というのはありますね。
平田:旅公演では、徐々に体がきつくなってきます。公演中はなんとなくしか感じないんですが、帰ってきて次の日にバレエ団でレッスンをすると、うわっ、て思うんです。体が崩れてるのがすごくわかるんですよ。よくこれで私は本番やってたな、って。失敗まではしないけど。
浅井:あとは、毎日公演が続くので、体力的にきついですね。
平田:みんなホテル近くのマッサージ屋とかに駆け込むんです。でも、今回はバレエ団にきている方にホテルに帰ってからとか、オフの日に見てもらえるのは、すごく助かりました。
浅井:多少調子が悪くても、ほかに代わりもいないし、地方だと治療院もあまりないですし。ちょうどその時期はスネにひびが入っていたので、そのケアをしていただけてとても助かりました。
──今回の「メディカルチェック、ワークショップ、個別ケアと3つのアプローチがありましたが、はじめて知ったことや今後やってみたいと思ったこと、これからに生かせそう思ったことはありますか?
浅井:僕は、メディカルチェックが想像以上に役立ちました。自分の身体を見つめ直す機会になりました。
平田:ワークショップは面白かったですが、あれをもっと細かくやってくれたら身になるかも知れないと思いました。今回はちょっとやってみた、というところで終わってしまったので。
こないだのは覚えきれなかったですが、ひざの向きがこうだとか、こういうときにこうなんだとか、内ももが弱いんだったら、内転筋のトレーニングしようという気付きにはなっています。
岡:私は普段みてもらうトレーナーさんのトレーニングと、いくつかかぶっていた部分があったので、やりながら、やっぱりこれをやるといいな、というやつを中からとって、自分のトレーニングに取り入れたりしています。
浅井:僕は今回の期間中に教わったセラバンドを使ったリハビリ方法や、スプリット・スクワットなどのトレーニング、足裏のほぐし方など、今でも続けています。
稽古場でダンサーとしての機能チェックワークショップ |
──このような形でトレーナーや治療師が公演のバックにつくことは、作品や舞台のクオリティに影響を与えると思いますか?
岡・平田・浅井:思います。
平田:本番中に例えば足がつってしまったとかいうときに、応急処置をしてもらえる人がその場にいるっていうことが、安心でした。そうならない方がもちろんいいんですけど。
岡:体だけじゃなく、気持ちの上でも、すごく助かります。疲労がどうとかよりも、安心感で体のこわばりも全然変わり、すごく楽になれて、のびのび踊れました。
浅井:僕は作品をつくるとき、ダンサーの身体を動きをみて、痛みや疲れを察知したり、その原因はここが固いからじゃないかとか、ちょっとしたアドバイスができるようになりました。意識が変わると、見えるものも違ってくる気がします。
バレエ団の活動を司る事務局の方は、今回のプログラムをどのようにとらえているのでしょうか。
事務局の肥田薫さんにコメントをいただきました。
◎事務局から見た成果と可能性
公演前の限られた期間でしたが、トレーナーチームについていただけて、事務局としてとても心強かったです。ダンサーにとっても、自分以外のプロのトレーナーに、継続的、定期的に自分の体のことをみてもらい、客観的に体の状態を知ることは、日常的な強化にも良いでしょう。公演のときだけでなく、常時いていただけるのが本当は理想だなと思いました。
◎芸術面での好影響
リハーサル期間が長いと、どうしても本番までに疲れをためたり怪我をしたりしないように、各自がセーブしてしまうところがあると思いますが、バックにトレーナーの方がいらっしゃるので、ダンサーたちが安心してフルアウトできたという面があります。それによって動きのクオリティも高めていけますし、今回の公演でダンサーたちの動きも大きく評価されていたので、手応えもありました。
あとは、トレーナーチームと、作品指導をするミストレスとの連携が強化できれば、さらに調整ができるようになると思います。
学校公演ではダンサーにとって過酷な環境下で、最善のパフォーマンスと自己管理を求められる地方公演ということもあり、ダンサーや帯同した 自分自身にとってトレーナーの方の存在自体が大変心強かったです。
◎ダンサーの意識
中には、怪我が無いので自分にはケアは必要ない、と考えているダンサーがいることに驚きました。今回のことでそういった意識も変わったのでは、と思います。
自分でトレーナーについている人もいますが、経済的にとか、いろいろな理由で難しいという人もいたので、これによって、自分で一歩踏み出すのがなかなか難しい人も、これだけ変わるのかと成果を体感できたのではないでしょうか。
◎時間との闘い
当団は、比較的忙しいバレエ団だと思います。例えばいまは5月のバレエコンサートと7月の白鳥の湖と釜山のガラ、3つくらいリハーサルが並行して行われてたりするので、本当にケアしないと踊っていられない。反面、忙しいからケアする時間がないこともあると思うのですが。
稽古場から治療院やスタジオに行くにも、移動に時間がかかるので、バレエ団の中にトレーナーや治療師の方がいてくださって、自分のリハーサルも観てもらいつつ、すぐにケアしてもらえるというのはすごくありがたい環境だと思いますね。
今後、助成金の対象経費としてトレーナー費用が認められるなどすれば、ぜひ導入したいと思います。
●プロフィール:
岡博美(おか・ひろみ) 2009年東京シティ・バレエ団入団。『白鳥の湖』三羽の白鳥、『ジゼル』ミルタ、『ロミオとジュリエット』キャピュレット夫人等主要な役を踊る。16年「ダブル・ビル」で日本初演された『L’heure bleue』(イリ・ブベニチェク振付)では主役に抜擢された。(公式サイトプロフィール)
平田沙織(ひらた・さおり) 2010年東京シティ・バレエ団入団。『白鳥の湖』三羽の白鳥、『ジゼル』ドゥ・ウィリ、『くるみ割り人形』スペイン等主要な役を踊る。16年「ダブル・ビル」では『ベートーヴェン 交響曲第7番』と『L’heure bleue』両作品に出演した。(公式サイトプロフィール)
浅井永希(あさい・えいき) 2008年東京シティ・バレエ団入団。古典作品から創作作品まで様々な作品に数多く出演する。近年では振付も手がけ、「シティ・バレエ・サロン」にて作品を発表している。16年「ダブル・ビル」では『ベートーヴェン 交響曲第7番』と『L’heure bleue』両作品に出演した。(公式サイトプロフィール)
東京シティ・バレエ団(Tokyo City Ballet)1968年、日本初の合議制バレエ団として創立。古典作品と創作作品を両輪として、幅広いレパートリーを上演。1994年に東京都江東区と芸術提携を締結、ティアラこうとうでの定期公演のほか、区内の学校へのアウトリーチ活動なども積極的に行っている。「Ballet for Everyone」(バレエの楽しさと豊かさを、すべての人と分かち合う)をビジョンとして、バレエに馴染みのない人からバレエ通まで、幅広く楽しめる活動を展開。(公式サイト)
制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2016.6作成]