新型コロナウイルス感染症の影響は、舞台芸術の世界に大きなダメージを与えているのはいわずもがな。舞台関係者はさまざまな実験や対策を経て、少しずつ活動を始めていますが、感染の勢いは夏場は収まるとの予想に反してとどまらず、ようやく再開した舞台公演も関係者の陽性結果により、中止というニュースが続いています。
感染予防や感染拡大防止に何をすべきか、この半年間さまざまな情報が発信されていますが、舞台関係者は、出演者や観客の安全を守り、クラスター化を防ぎ、混乱を最小限にするために、何をすべきなのでしょうか。新型コロナウイルス感染症の治療現場で活躍中の専門医、東京医科大学呼吸器内科教授の阿部信二先生にお話を伺いました。
■健康チェック、行動チェックを確実に
―――ダンスや演劇など舞台活動は、公演当日だけでなく、稽古期間もこれまでならば“密”が当たり前の環境です。しかし、これからしばらくはwithコロナととらえて団体活動を続けていかねばなりませんので、そんな芸術関係者がおさえるべきことを今日はお聞かせください。
阿部信二先生(以下阿部):新型コロナウイルスの怖いところは、無症性の方が多いことと、潜伏期が約10日とかなり長いことです。ですから、演劇やダンスのように人が集まるときには、2週間ぐらい前からその人たちの行動記録や発熱などの状況をチェックする必要があると思います。それで安全を確認して、ようやくスタートなのではないでしょうか。
――若い人は陽性であっても、症状がでない人が多いと聞きます。
阿部:はい。若い人はなんともない人がほとんどなんですが、30代、40代くらいになると、少しずつ重症になる人が出てきて、60代くらいになると急激に悪くなる可能性がぐっと増えてきます。ですので、若い人には広めないように注意していただきたいですし、年齢の高い人にはさらに輪をかけて、注意してほしいですね。特に体温チェックや行動記録は、誰か担当を決めてきちんと管理していかないと、知らずに陽性者と複数の人が接してクラスターになってしまえば、一気に広がってしまいますから。関わる人の年齢層が幅広いと、そういう管理の難しさがよりでてくるかもしれません。
――3密回避、手指消毒、マスク着用に加え、健康・行動チェックが重要ということですね。
阿部:そうですね。やはり、多くのお客さんを巻き込んで、一つの舞台を成功させるということを考えれば、そのくらいやってもいいと思います。夜の飲み会は行っていません、というようなことも申告してもらい、体温も、少なくとも10日前くらいからは記録が必要だと思います。
――注意すべきは飲み会でしょうか。
阿部:はい。感染者に聞くと、飲み会に行ったという人は多いですね。普通の居酒屋でも十分感染の可能性はあると思いますし、それを家に持ち込んで家族に移るというのも、今すごく増えています。
■対面での活動に注意!
――汗や尿や血液ではほぼ感染しないと、厚生労働省からの4月の発信に出ていましたが、やはり気を付けるのは飛沫だということでしょうか。
阿部:ちょっと一緒に食事しただけでも、対面だとリスクが高いんです。同じ方向を向いていると大幅に飛沫による感染リスクが減ります。舞台ではもちろん接触ということもありえるかもしれませんが、汗からうつらないとも言い切れません。やはり気を付けるのは接し方ではないでしょうか。他の人の汗を触ったりすれば、接触という点でリスクが高くなります。
例えば野球はプロ野球の公式戦も始まりましたが、面と向かっての接触はそんな多くないスポーツですよね。でも、バスケットボールやサッカーだと、やはり対面での接触が多くなりますから、ちょっとリスクが高いと考えられますし、実際感染者も出ているのかなと思います。
■全員の検査は不要? 「検査結果」と「治っている」のギャップ
――そうですね。野球やサッカーは全員がPCR検査をしてリーグが再開しましたが、舞台関係者もPCR検査を受けないと舞台をやってはいけないのではないかという空気になってきています。自費ではとても高額なPCR検査を、どう考えればいいのでしょうか。
阿部:全員に検査するのはあまりすすめません。ただ、もし疑わしい症状があるならば、それは速やかに受けるべきですし、それが受けられないという制度はよくないと思っています。
結局PCR検査も、その時点でPCRが陽性か陰性かがわかるだけですから、翌日はどうかということは保証はできません。それとPCR陽性所見はすごく長く続くんです。長い人で、鼻腔だと6週間くらい続きますが、実際感染力があるのは、症状がある場合、発症から大体10日程です。
――感染力がなくなってからも、陽性は続くということですね。
阿部:ですから十分治っているのに陽性反応が出てしまい、活動してはだめですよ、とすると、それはそれでちょっとおかしな話かもしれません。
――それは衝撃的なお話ですね。医師がいう「治っている」というのと、PCR検査の判定はリンクしないと。では「治っている」のはどういう状態を言うのでしょうか。
阿部:例えば入院患者さんの退院の基準が当初と変わったんですが、発症が明確な人の場合、発症から10日を経過して、症状がないのが72時間、つまり3日続けば、これで治癒というふうに、定義が変わりました。これで退院もOKということです。3月、4月はPCR検査を2回確認してから退院ということでしたが、そうしますと皆さん30日以上入院しているんですね。なかなかPCRは消えないんです。
――無症状の人でも同じことが言えるのですか。
阿部:同じです。ですから、PCRが陽性といっても、定期的にやっていなければ、その人はこれから症状が出てくるのか、それとももうピークは3週間前にあったのに、ウイルスの遺伝子のかけらだけが残って陽性になっているのかは、誰にも分からないんです。だから、PCR検査は判断基準としてはあまり意味がないのかもしれません。
――できることは最大限やらねばという姿勢で、公演の前にだけPCR検査をして、陽性が出たから公演が中止となるというのは、場合によっては苦しい判断ということになりますね。
阿部:そういう意味では、期待されるのは、もしかしたら抗体検査なのかもしれませんが、これも今現在進行形でいろいろ研究がなされていますので、完全な基準とはなりません。必ずしも抗体があることが安全でもないですし。抗体検査で分かるのは、かかったことがあるかということだけです。
――かかったことがある人でも、インフルエンザと同じように、またかかるという可能性もあるのですか。
阿部:そうです。おそらく新型コロナにかかれば、抗体はまず全員できると思うんですね。ただ、抗体が次の感染の防御になる、いわゆる中和活性といいますが、中和抗体を持ってる人はそんなに多くないかもしれないと。例えば、マイコプラズマ肺炎という気管支炎は、抗体をもっていても、何度もかかるんです。なぜかというと、抗体はできていても、いわゆる中和抗体ではないため、次の感染防御にはならないということです。ですから、抗体があったからといっても、安心の証明書にはならないわけです。
――ということは、今の時点での新型コロナの感染拡大防止策は、やはり健康管理をして、何か症状があったときにすぐに医療機関にかかって、適切な対応をするということですか。
阿部:残念ながら、それしか今のところないと思います。
必要な時に早くPCR検査を受けられるようするには、理解あるかかりつけ医がいるのが一番いいですね。
■陽性判定が出たら? 重症化しやすい人の特徴
──ここから、陽性判定がでたあと、どうなるのかというところをお聞きしたいと思います。PCRで陽性になった方は、病院が保健所に連絡するということですが、その先は保健所から入院などの指示があるのですか。
阿部:基本的には、そこは保健所の指示なんです。新型コロナは伝染病ですから、診断した医師は保健所に届け出をしなければなりません。そうすると、その患者の住んでいる自治体の保健所に連絡が行くことになります。その保健所がその後の状況を判断するということですね。陽性結果の報告書の中に、例えば家族構成とか、接触履歴などの欄もありますから、そういうところを見て、舞台活動をしていると判断されますと、集団感染、いわゆるクラスターが懸念され、保健所は介入していくということになるでしょう。
――感染しても若い人はそれほど大変ではないということですけが、中には後遺症が残るケースがあると聞いたことがあります。入院した人はそこでケアを受けますが、もし自宅療養となった場合、悪化させないとか、後遺症が残らないようにするためにできることはあるのでしょうか。
阿部:正直いって、あまりないかなと。というのは、さきほども言ったように、何ともない人は何もしなくても、何にもないままきれいに治ります。発症から10日を過ぎれば、おそらくもうあとは治っていくと。
――重症化する人は、何か原因があるのでしょうか。
阿部:やはり、年齢を重ねるほどリスクは上がると思います。あとは、太っている人は危ないです。
――それは糖尿病などの病気と関係があるからですか。
阿部:糖尿病がはっきりなくても、肥満はすごく悪い因子です。もちろん、糖尿病、高血圧、心疾患ということもですが、新型コロナウイルスは、すごく血管に作用するんです。いわゆる血栓を作って、体の酸素の飽和度が下がってきますから、息苦しさが増します。体の酸素飽和度の低下は重症化の一つの目安です。糖尿病も結局は血管の病気ですし、血圧が高いと血管を硬くしてしまいますし、血圧に不安がある人は、やはり重症化のリスクは高いと思ったほうがいいと思います。
――息苦しさということは、アスリート並みに動きの激しいダンサーや、声を出す俳優、歌手の人にとって致命傷なので、悪化させたくないですね。
阿部:やはり、中には肺に影が残ったままの人がいます。肺活量は、今は検査時にエアロゾルが出るということで検査自体できないのですが、おそらく通常時の肺活量より落ちている可能性はあると思います。そこから戻すのは、もしかしたら少し時間がかかってしまうかもしれないですね。ですから、やはり極論を言えば、感染しないに越したことはありません。
──新型コロナウイルスは、「サイトカインストーム」という免疫がうまく働かずむしろ自分を傷つけるということをおこすということも聞きました。免疫力が高いと余計に起こることはありますか。例えば、もともと喘息でステロイドを使っているような人は、免疫が下がっているというような状況だと、サイトカインストームは起こりにくいのではないかという話を聞いたことがあります。
阿部:重症化するメカニズムは、もしかしたら大きく二つあって、一つはいわゆる凝固系、血栓を作って悪くなるパターンと、もう一つは免疫の暴走といいますか、突然に肺が急性呼吸促迫症候群(ARDS)みたいになってくるパターンです。3月頃は割と後者のケースがよく見られたんですが、今はそこまで多くはないという印象を持っています。むしろ凝固系、血管に作用するパターンが、最近のコロナでは多いように思います。
──ウイルスが変わっていくのですね。
阿部:そうですね。おそらく最初の頃のウイルスは、武漢からのウイルスなんです。3月、4月にすごく悪かったのは、どちらかというと、ヨーロッパかアメリカからのウイルスですね。3月頃の帰国ラッシュで欧米のウイルスが持ち込まれたのは間違いないんじゃないかと思います。6月頃にいったん何となく収束に向かったように見えましたが、今のウイルスはどうなんでしょう。この高温や紫外線下の割には弱毒化していない印象があります。冬には、もう少し活性化するような気がしますね。気温が4度くらいだと、おそらく一番ウイルス的には活性化すると思います。
――陽性判定がでた人は医療のもと、治療、指示に従っていくことになりますが、一方で濃厚接触者や、濃厚接触に認定されなくても、働いていて、同じトイレを使っているなどから、心配になる人たちがたくさんでてくるのではないかと思います。そういった人たちが気にするべきことや、健康管理をする上で押さえるべきポイントはありますか。
阿部:それはやはり、ご自身の体調チェックしかないと思います。濃厚接触となる大まかな目安は、マスクをしないで15分しゃべるとか、同居しているとかですから、人と会うときにマスクをしていたとか、全くしゃべらなかったというと、濃厚接触に当たりません。対面で一緒にご飯を食べたら、それは完全に濃厚接触です。
――なるほど、ドアノブからもうつるといわれるので、同じ動線で活動しているからと心配になっている人もいますが、そのことに気を揉むよりは、自分の管理をすることが大事そうですね。
阿部:もちろん手をよく洗うことは大事だと思います。パソコンのキーボードやタブレットからうつる事例もあります。汚染された手指が口や鼻に触れることが感染理由になりますから、手指衛生はしっかりやるというのは大原則です。
■いま私たちにできること
――新型コロナがインフルエンザと一番違うのは、ワクチンがないということと、治療薬がないということだとされていますが、インフルエンザでも予防注射をしてもかかることがあります。今は「ワクチンさえできれば」という風潮があって、少し疑問に思っているのですが。
阿部:インフルエンザワクチンの最大の目的は、インフルエンザにかからないことではなくて、重症化を防ぐということ。ですから、ワクチンを打ってもかかることはあると思います。それから、インフルエンザのワクチンを打って抗体ができる率は、せいぜい70パーセントぐらいだとされています。だから3割の方は、打っても何にもなってないかもしれない。
――そうなんですね。
阿部:でも、ワクチンはそんなものです。ワクチンを打てば100パーセント皆さんがかからないとか、重症化しないということとは全然違います。それでも7割の人がかからなかったら、これは大変な効果だと思います。
――7割がかからないということを良しとするということですね。
阿部:そうです。インフルエンザも、長い歴史があって今のようになりました。治療薬のタミフルが出てきたのも、ここ15年くらいです。ですから、新型コロナも、すぐにいい薬やワクチンができるとは、ちょっと考えられません。ウイルスも変異していきますから。2009年に出てきた新型インフルエンザ、H1N1型、あれもインフルエンザのA型の一つです。通常冬にはやるA型インフルエンザの一種ですね。そういうふうに、いろんなウイルスが変異したり、亜型が出てきたりしますから、新型コロナウイルスについてもそういうことも考えられるかなと。
――ウイルスは高温と多湿に弱いので、梅雨や夏場は収束するのではと期待はありましたがそうはいきませんでした。
阿部:そうですね。ただ、温度と紫外線にはかなり弱いはずです。暑さも35度を超えると、ウイルスの活性はなくなると思います。冬場はもっと感染状況は悪くなると思いますね。
――怖いですね。私たちには何ができるのでしょうか。今からできることは痩せることでしょうか(笑)。
阿部:太っている人は痩せることかもしれません。インフルエンザのワクチンは、たぶんこの秋は争奪戦だと思いますが、特にお年寄りには必ず打ってくださいと言っています。ウイルスの感染の後に2次感染、一般的な細菌で肺炎を起こしますから。代表的なのは肺炎球菌ですがワクチンがあります。この暑いうちに、お年寄りには、せっせと肺炎球菌のワクチンを打っています。
――インフルエンザは、2カ月ぐらいしかワクチンがもたないと聞いていますが、肺炎球菌はいかがですか。
阿部:5年間もつとされています。
今、65歳以上は、全国民に打つことが推奨されていますが、打っていない人もたくさんいます。1回打って、その後打っていない人もいますので、そういう人にはなるべく打ってもらい、予防のためにできることは何でもやってほしいです。
――肺炎球菌とインフルエンザの予防注射で、そちらにかからないようにすることが、新型コロナウイルスによる被害を減らすことにつながる、と。
阿部:そうですね。それから、感染リスクとしてウォシュレットはあまり知られていないでしょうか。さきほど、鼻腔のPCRは6週間続くと言いましたが、実は糞便中はもっと長いんです。2カ月ぐらいPCRは陽性のままになります。ウォシュレットを使って少しエアロ状になっている状態で、次の人が入ると、そういうのはもしかしたら感染のリスクになるかもしれないといわれてます。
──感染予防のためにトイレを流すときは蓋をする、というのはそういう理由なのですね。
■検査方法で結果は変わる?
──検査方法についてもう少しおうかがいしたいのですが。PCR検査の方法は唾液と鼻腔では、結果はかわらないのですか。
阿部:そうですね。検査の精度としてはそんなに差はないでしょう。唾液の方が簡単かと思われていますが、意外と唾液の量が十分じゃなかったりして、かえって患者さんが検査に要するに時間がかかってしまうこともあります。また、唾液の採取は医療者が見ていないことが多いので、そういう不確実性があります。さっと検査してしまえば、陰性になってしまうかもしれない。きちんとやるなら、医師にきっちり鼻腔の奥のほうまでグイグイっとやってもらう方がいい面もあります。
――なるほど。それから、抗原検査だと結果が早く出るということで、それが受けられればいいと思うのですが、検査としてはPCRのほうが優性なんですか。
阿部:例えば早急に結果を知りたいというのであれば、抗原検査でもいいと思います。
――抗原検査で陽性が出れば陽性は確定で、陰性の場合はやはりPCRを受けたほうがよいということでしょうか。
阿部:難しいですね。ウイルスを抗原と言って、ウイルス全体を捉えているような印象を持たれるかもしれませんが、決してそんなことではなく、ウイルスの一部を見ているだけなんですね。なので、陽性ならば陽性だと思いますけれども、陰性だから大丈夫ですと言いきれないところはあると。それはPCRも同じです。
――そうですか。
阿部:抗原は数値で結果が出るんです。例えばプラスマイナスが出てしまいます。それをどう解釈するかです。
――プラスマイナスというのは。
阿部:PCRは、陽性か陰性かの2つですが、抗原は、例えば0から10の間で、5.5などと出ます。そのどこを基準値にするかは、あまり明確ではないんです。
たとえば、ある会社の検査では基準値が2となっていますが、1.8と出たときにどう解釈すればいいかということです。そういう問題も抗原検査にはちょっとあるんです。
──なるほど。情報があふれ混乱していたことが、先生にわかりやすく解説いただき、整理ができました。各検査を正しく理解してどう判断するかということと、自分や周りの人がかかったときに、どう対処していくのかを考える力がつきそうです。安全にそして健やかな芸術活動が続けていけるよう発信したいを思います。
先生もどうぞお体くれぐれもお気をつけてください。本日はどうもありがとうございました。
(了)この記事は、インタビューが行われた2020年8月11日現在の知見に基づいて作成されています。
阿部信二(あべ・しんじ) 東京医科大学病院主任教授/診療科長
日本医科大学大学院医学研究科(呼吸器内科学)修了。米国ネブラスカ大学呼吸器内科研究生、東京臨海病院呼吸器内科部長、東京都立広尾病院呼吸器科部長などを経て2018年1月より現職。東京医科大学病院では本年3月以降、積極的に新型コロナ感染患者の受け入れを行っており、これまで120名以上の患者さんの診療にあたってきました。根本的な抗ウイルス療法が確立していないなかで、重症化させない治療や管理方法を日々検索中です。
制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2020.8作成]