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私流ヘルスケア:平田満さん・井上加奈子さん(俳優)、池内美奈子さん(ヴォイストレーナー)スペシャル対談

柔らかな心と体が芝居をつくる

舞台に、映画に、テレビにと、幅広く活躍されている俳優の平田満さん・井上加奈子さんご夫妻。ベテランの域にありながら、常に新しいことを吸収し、俳優としてのさらなる高みをめざし続けるお二人と、10年来のお付き合いをされているヴォイストレーナー・池内美奈子さんとのスペシャル対談をお届けします。 "声は身体や意識とつながっている"という池内さんの指導する「ヴォイストレーニング」は、"声"の可能性を広げるだけでなく、俳優として必要な、あらゆる面での柔軟性をもたらすものでした。

──平田さん、井上さんは、舞台に映画にご活躍で大変お忙しそうですが、俳優としてコンディションをととのえるうえで大事にされていることは何ですか?

井上: 映画、演劇に限らず、ダンスでも歴史的遺品でも、芸術作品ではない小さなお茶碗ひとつでも、日常の景色でも、何か美しいもの、いいものに触れる機会を多くもつのは、有効だと思っています。自分が受ける心の揺らぎのようなものが多いほどいいなと。それは感受性をどうこうという話ではなくて、わぁこれ素敵、と思ったときに、なぜ好きなのか、あぁ、色合いが好き、柄が好き、と考えていく時間が大事なような気がするんです。仕事で詰まるとそういう思考をしたくなるのは、お芝居というとらえどころがないものに対して、自分を掘り下げて知ることで、何がやりたくてこの仕事をしているのか、という志のようなものに結びついていくからではないかと思います。

平田: 俳優は、演出家によって、やらなきゃならないことが全然違うんです。走り回るような演出なら、そのための訓練をしなければならないし、そういうパフォーマンス的なことは一切やるなという演出家もいます。すごくディスカッションの好きな人もいるし、いきなり実演をやっちゃうこともあるし、そのどれにも対応できるようにするのに何が必要かというと、まず自分のメンタル面のケアなんです。まず自分が柔軟になってなきゃならない。言いたいことはあっても、まずは、キャプテンである演出家の方向性に向かおうと、僕らは自分の体と声と、人格も多少使うのですが、ここにはすごい葛藤があるんです。そういうときに、大横綱みたいに、攻めるだけじゃなくてやわらかく受けることができるような柔軟性をもつには、身体も心も緊張とリラックスのバランスが必要です。わかっていながらいつも苦労しているんですけどね。


──そのバランスをとるために、何をされていますか?

平田: なんだそんなことか、って言われそうですけど、柔軟体操とかですね(笑)。精神的に緊張すると背中がコチコチになってしまうので、そういうところをほぐします。これは池内さんに教わったトレーニングを使わせてもらったりしますね。呼吸が普通にできていないこともあるので、その点を意識するようにしています。演劇は周りの人と協力しなければならないのですが、そうやって緊張とリラックスのバランスが取れている時には周りの人のことも良く見えたり聴こえたりするし、一緒に何かやろうって感じになれる。だいたい上手くいかないときには身体も固くなっちゃってるんですよね。リラックスのためには風呂と寝具も大事にしています。忙しい時も、僕はシャワーだけじゃダメで、必ず風呂に入るようにしていますし、寝具とか枕も自分にあっていると、深く眠れます。


井上: 私も上手くいっていないときや緊張があるときは、背中が固くなって、息がうまくできないことがあります。凝り解消には、20代の時から中山式快癒器を愛用しています。あとはヨガを20年くらい続けていて、それでも追いつかないときには鍼にいくこともあります。今はふたりとも稽古や本番前のアップに簡単なヨガをよく取り入れていますが、体をほぐす目的の他にも、ヨガの呼吸法で体をほぐすと、稽古に入っていく時に自分の呼吸をしているという大事なことにつながる気がしています。あと池内さんに教えて頂いた「腰の遊び時間」も、その日の自分の体の状態を知るためにやります。

──池内さん直伝の「腰の遊び時間」とは、どういうものですか?

池内: 一人一人顔が違うように体が違うし、何十年もの生活の中で体の使い方も癖がついてきますから、どこが凝ってる、滞ってるっていうのは人それぞれです。これに対応する、型のないものなんです。まずは寝転がって腰に意識を持っていって、床を使いながらいろいろな角度で伸ばしたり、体重をかけたりして、どうしていくと腰が「気持ちいなぁ、あぁ、これがほしかった」となるかを探求していくんです。リラックスしよう、トレーニングしよう、お仕事しよう、ということではなく、自分の体はどうしたいかを諦めずに探求する。これは時間をかけないと入っていけないものなので、30分くらいかけてやります。すると毎日やっていても気持ちいいと思うところが違ったりと、その日のコンディションが分かります。腰から始めて、肩にいき、身体全体にまで広げていきます。最終的には血行が良くなって、頭が先に走るのではなく、身体がちゃんとここにいる、っていう状態になります。一番大事な、心を開いていくために、まずは体をゆるめていくんです。


──ヴォイストレーニングはいわゆる「声出し」的なものをイメージする人が多いと思いますが、池内さんはイギリスで「体と心が結びつく」とか「腰の遊び時間」的なものを学んだのですか?

池内: はい。ただイギリスがみんなそうしているかというとまた違うんです。私がそっち興味があったから、そういう先生を探したというのがあります。イギリスでは演劇文化の層が豊かで、演劇学校も沢山あって、トレーニングに関する共通認識はあるけれど、自分はどう捉えるとか、どういう切り口で教えるとか、沢山の方が色々な考え方をしているんです。その中でも私は「体も声も思考もつながっている」という考え方に共感したんです。


──その池内さんのヴォイストレーニングに出会って、どんな発見がありましたか。

井上: 初めは「声だけ」のトレーニングのつもりでいったのですが、こういう身体、こういう気持ちの状態でいたらこんな声が出ている、という実感や、こういう声も自分の声なんだと感じるのがとても新鮮でした。自分の声って思っているよりも豊かな表現の仕方があるんだなと。
池内さんのワークショップでは、単純に自分で声を出すのではなくて、相手の動きからもらって音や声を出したりするんです。ひとり台詞にしても、お客さんに向かって話すのですから、芝居って人との関わりの中で何かを届けたくてやっているわけで、基本を体感させてくれるトレーニングなんです。これはとても喜びのあることで、それを体感できる場は本当にないんですよね。いまでも時間があるとリハビリのように参加します(笑)。

平田: 「声」を相手に伝えることで、自分では想定してないものも表現されてしまうことがあります。それは、ベテランだとか経験は関係なく、いつも必要なものだと思うので、むしろ頭できっちりやるよりは、下手なりにも「エイヤッ」と相手に飛び込んだほうが、ちゃんと人とつながれる。そういうところを理論としてやってらっしゃるんだ、と思いました。演劇っていうのはそういう芸術で、その面白さを志しているという意味で心強かったです。心と体がひとつっていうのは、人間の表現のおおもとを目指しているんだと。優秀な演出家の方だったらどなたも、「その場で生きろ」とか「相手を」とか仰いますが、俳優側の視点でそれが大事だというのを実感できたのはすごく新鮮でした。

池内: ありがとうございます。ベテランの方々はお仕事をされているから、ワークショップで今やっていることが舞台の何につながるのかがわかるんですね。若くて経験の浅い人だと、発声練習をすればとか、舞台に立てば魔法のように声が出るとか思いがちですから、日々のトレーニングと、舞台、仕事、日常生活、人間関係、色々なものがすべてつながって舞台の声になる、ということをわかってもらうために、いろいろなエクササイズを考えています。

平田: 池内さんのいう「ヴォイス」っていう概念が広まればいいですね。演劇やってらっしゃる方が、みんなこれをふまえてくださればな、と思いますね。ぼくももっと若い時に知っていればよかったなあ、と思いました。逆にこれくらいの年になってから行ったからこそ分かることがあるのかな。失敗はたくさん経験しているんでね。(笑)


平田満(ひらた・みつる)つかこうへい事務所設立より俳優活動をスタート。その後は映画・テレビ・舞台などに数多く出演。映画「蒲田行進曲」で日本アカデミー賞主演男優賞など受賞。主な舞台に「熱海殺人事件」「いつも心に太陽を」「ART」「こんにちは母さん」(左記2作品で読売演劇大賞最優秀男優賞)「ダモイ」「竜馬の妻とその夫と愛人」「居残り佐平次」「海をゆく者」などがある。2005年、井上加奈子とアル☆カンパニーを設立。「ゆすり」「罪」「家の内臓」「父よ!」「失望のむこうがわ」などを製作。


井上加奈子(いのうえ・かなこ)つかこうへい事務所設立より参加。「熱海殺人事件」「初級革命講座飛龍伝」など、多くのつか作品に出演。その後の主な出演に、「時の物置」(永井愛作)。「帰郷」(松田正隆作)。「夫婦善哉」(平田オリザ作)。「ガッツガツ」(中島淳彦作)「ダンシング・アット・ルーナサ」など。2006年、平田満とアル☆カンパニーを設立。青木豪、蓬莱竜太、前田司郎、松田正隆作・高瀬久男演出、田村孝裕、三浦大輔などの、全作品に出演。



池内美奈子(いけうち・みなこ)俳優指導者アソシエーション代表、新国立劇場演劇研修所ヘッドコーチ。2000年度文化庁芸術家在外研修員としてロンドンのCentral School of Speech and Dramaのヴォイス・コースで学び、ヴォイス学修士取得。日本語&英語のヴォイス・コーチ。新国立劇場演劇研修所以外にウェールズのRoyal Welsh College of Music and Dramaや東京藝術大学、桜美林大学、東京都立総合芸術高校でも教え、またパナソニック社長の2013年CESキーノート・スピーチのコーチングなど個人レッスンも手がける。Voice and Speech Teachers Association(VASTA)会員。


平田満さん最新情報 映画「俺たちの明日」(2014年4月5日公開)
井上加奈子さん最新情報 劇団にもめぷわ「スティールマグノリア」(2014年5月 スペース雑遊)
池内美奈子さん最新情報 芸術家のくすり箱ヘルスケアセミナーvol.9(2014年6月2日 芸能花伝舎)
★平田さん、井上さんが常連で参加される池内美奈子さん主催の講座「古典を読む」が6月14~15日(エリザベス朝演劇)、8月12~13日(日本近代古典)、10月13~14日(現代アメリカ演劇)、12月9日(古典とは何?)に森下スタジオで開催されます。詳細はこちら→ http://asatp.org

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2014.4作成]