芸術家のくすり箱は、ダンサー・音楽家・俳優・スタッフの「ヘルスケア」をサポートし、芸術家と医師・治療師・トレーナーをつなぐNPOです。
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公演サポート・インタビュー (2)スターダンサーズ・バレエ団

海外の著名な振付家の作品から、日本発のオリジナル作品まで、幅広いレパートリーを誇るスターダンサーズ・バレエ団。芸術家のくすり箱では、昨年末の『くるみ割り人形』と、今年3月のツアー『はじめてのバレエ 白鳥の湖&くるみ割り人形』にて「ダンサーサポートプログラム」を行いました。

今回は、このプログラムを活用された、主演ダンサーの林ゆりえさんと渡辺恭子さんのお二人にお話をうかがいました。

鈴木稔氏振付によるファンタスティックな世界観を繰り広げる『くるみ割り人形』と、バレエを観る機会の少ない方にも気軽に楽しんでもらえるよう工夫された『白鳥の湖&くるみ割り人形』は、ともにオリジナリティあふれる装置や衣装であり、ダンサーにとっては、普段のクラシック作品とは違うエネルギーも使うもの。お話は旅公演ならではの工夫や、ダンサーの環境などに及びました。

 
写真左(上):林ゆりえさん「はじめてのバレエ」より『白鳥の湖』、右(下):渡辺恭子さん『くるみ割り人形』/撮影:Takashi Hiyama〈A.I Co.,Ltd.〉

日頃のケアは?

──お二人とも体のケアやトレーニングは普段から取り組まれていましたね。

林:私は側湾症なので、オステオパシーに中学生のころから定期的に通っています。"怪我"となったら鍼にいったりもします。トレーニングは、いまは基本的にはバレエのクラスだけです。以前はピラティスに通っていて、ジャイロも、知り合いが指導者の勉強をするときに、指導対象として10回くらい参加したことがあります。どちらもバレエのレッスンではわからなかったり、気づかなかったりしたところに気づけて、役に立ちました。ただ、マンツーマンでやらないと意味がないと思っていて、お金の面で今は通ってはいません。

──マンツーマンがいいのですね。

林:はい。バレエダンサーは身体が柔らかくて筋力もあるので、身体がきく分、トレーニングとして間違っていても、見た目はそれらしくできちゃう。だからマンツーマンで「こういうふうに筋肉を使って」と具体的に指導してもらって正しく動かないと、意味がないんです。

──ピラティスに定期的に通った時に、何か変化は感じましたか?

林:治療に行く回数が減ったかもしれません。治療でよくなってもすぐ戻ってしまうことがありますが、ピラティスをやっているときは、自分の筋力でうまく動いているからか、もちがいいかな、という感じがしました。

渡辺:私は海外から帰国して1年くらいピラティスに行っていました。もっと体を鍛えたいと思って行き始めたのですが、実際にマンツーマンでみてもらうと、「普段から筋肉をすごく使っているから、もっとゆるめる作業もしなきゃいけない」と言われて、自分で思っていることと違うことも必要だと知るきっかけになりました。でも費用面で続かなくて今は通ってはいません。
あとは割と痛みに強いこともあって、普段のケアはあまりしていません。海外で踊っていたときは、劇場に付属のケアの方がいたり、学校のときはオステオパシーの施術を受けることができたので、何かあったらすぐにみてもらう感じでした。スターダンサーズ・バレエ団に入ってからは、マッサージならここ、鍼ならここ、というのがあったんですが、ドイツに2年間行っている間に、その先生方が遠方に開業されていなくなってしまい、いまは特定の方はいないんです。ちょうど去年、痛みが出たときにはくすり箱のサポートがあったので、助かりました。

──海外のスクールやカンパニーではどんな人がケアをしていましたか?

渡辺:スクールのときはオステオパシーがメインでした。カンパニーにはフィジオ(理学療法士)がいたので、マッサージをしながら、付け根が痛んでないかなど、まんべんなくチェックをしてもらう感じでした。

──今回のサポートでの個別ケアは、設定枠が少なかったのですが、海外ではいかがでしたか?

渡辺:ケアの方が週2回、3−4時間いらっしゃる間に、1人30分でみてもらっていましたが、全然足りなかったですね。パフォーマンスの量も多かったですし、作品が変わると影響を受けて、みんな結構メンテナンスが必要だったので、ダンサー同士で、本当に今日必要だという人などに、譲り合いながらやっていました。
怪我となったら、そこで紹介してもらって、病院に行きます。海外で病院を自分で探さないといけないのは怖いですが、紹介だと安心です。

──セルフケアの愛用品はありますか?

林:ストレッチポールは、「まっすぐ」を示してくれるから大好きですね。家にもあります。

渡辺:私は足の裏に転がすローラー。

林:あれは絶対ね! ポアント袋に、テニスボール、ゴルフボール、なんとかボールって、もうボールだらけです(笑)。

旅公演でのケアは?

──旅公演で、気をつけていることや工夫していることはありますか?

林:枕が高すぎたりベッドが柔らかすぎたりすると、首が痛くなったり腰が沈んじゃったりするので、タオルを枕にして床に寝てみたりします。マットレスをひっくり返す人もいます。
あと、空気を入れる枕は、移動中に使っています。首が倒れたまま寝ちゃうと大変なので。

──食事はいかがですか? 場所によっては周りに何もないこともありますよね。

渡辺:スーパーでお惣菜を買ったりします。外食することもあるんですけど、舞台前日に夜遅くは歩きたくないな、ということもあって。みんなで部屋でお惣菜をいろいろ並べて食べます。旅先でコンビニが続くと似たものばかりだから、(地元の)お惣菜売り場に行くと楽しくなりますね(笑)。

旅公演先のホテルでケア

──移動も大変ですね。

渡辺:やっぱり移動時間が長いと身体が歪んできてつらいですね。舞台終演後に、次の公演地まで長時間の移動をすることもあって、翌日背骨がつらくなったりするので、バレエ団が持って行ってくれるストレッチポールをみんなで「次貸して」「次貸して」って(笑)。でも、時間も場所も、レッスン前後しか使えないので十分ではないです。

──舞台の床面など環境もかわりますね。

渡辺:例えば学校公演では、体育館の舞台を増設するので、後ろ側はもともとの学校の舞台面で硬いんですけど、増設した上は板を張っているだけなのですごく柔らかいんです。柔らかいとジャンプはしやすいですが、身体に負担はきますね。

林:はずむし、立ってるだけで揺れる感じです。段差もありますし。

──その日の舞台の状態を確かめる時間は十分にあるのですか?

渡辺:絶対確かめますが、短い時間でさっと確認するくらいのことも結構あります。

林:でも、どんな状況でも絶対に確かめます。ポアント(トゥ・シューズ)は、その日の床の相性と天気と自分の身体の状態を確認しないと決められません。

劇場でのレッスンを見守るトレーナー

今回のサポートを受けて

──みなさんの要望が多いのは、疲労回復のケアや、怪我をしたときのバレエダンサーに適した処置だと思いますが、今回のプログラムでは、なるべく怪我をしないとか、よりよく踊れることもめざして、スタジオや劇場でのケアのほかにメディカルチェックやワークショップ、旅公演の帯同をしました。実際に受けてみていかがでしたか?

林:メディカルチェックは、骨とか筋肉の量とか、左右差とか、細かく全身のデータを知ることができて、すごく興味深かったです。なんとなくわかっていたつもりでも、細かく数字でみると、ここが弱いのかと、はっきりわかりますね。

渡辺:ジムで同じように調べたことがあるんですが、タンパク質不足と出て、すごく意識して食事しているつもりだったのに......。意識してないゆりえちゃんは大丈夫で、私は今回もやっぱり不足していて、悔しかった(笑)。

メディカルチェックで関節可動域測定

──メディカルチェックの後の医師からのアドヴァイスはどうでしたか?

林:思ったよりも全体的に数字が良くて、いいですね、という感じだったんですが、側弯の治し方について教えていただけたのが、とても参考になりました。バレエの先生だと、身体の内側のねじれよりも、「こっちが上がっているから、下げて」と、見た目を修正する注意の仕方になりがちなんですけど、スポーツ整形の先生には、回旋しながら内側から直すやり方を教えていただいたので、例えば肩を下げろと言われたときに、ただ下げるだけじゃなくてこういう風にしなくちゃなと、自分の中で、バレエの先生の言葉を変換して修正できるようになりました。

渡辺:私は右脚の付け根が歪んでるといわれました。自覚がなかったところを指摘してもらって、とても参考になって、レッスンのときも意識できるようになってすごくよかったと思います。

──個別ケアでは、ここでは理学療法士兼ピラティス指導者がメインで、プラスして鍼灸師の方、トレーナーの方が担当しましたが、いかがでしたか。

林:最初は、自分の身体をよくわかっている方ではないので、怖い、大丈夫かなと思いました。以前、いつもの方ではないところに行って治してもらったら、その日の夜に背中がまっすぐになったかわりに、足首が捻挫みたいに痛くなって歩けなくなったことがあったんです。それ以来、初めての人はもちろん、何回か受けた人もちょっと怖い、というのもあります。今回は、みんなが受けている様子を「どう?」って聞いてみたうえで、最初に「こういうことがあったので」とお伝えして、軽めの調整から始めてもらいました。だんだん自分の身体のことをわかってもらえたので、安心だし助かりました。
鍼は受ける機会がなかったですが、いろんな種類の人がいてくれて、よかったです。

──サポート期間中、そんなに重症な状態にはどなたもなりませんでしたね。

林:そうですね。でもケアをしないと重症になってしまうと思います。私も、このままの状態でリハーサルを続けたら多分まずいな、パフォーマンスも悪くなるだろうし、怪我もしやすくなるし、相手にも迷惑がかかるし、と思って、予防のために、ケアを受けました。

渡辺:私は古傷で足が痛むくらいのことはあるんですが、普段は割と能天気で(笑)。なんとなく腰が痛いなというのは結構ありますが、わざわざ治療に行こうとはならない。今回のサポート期間は、リハーサルが終わった後に、そういえば朝腰が痛かったな、ちょっとみてもらおう、という感じでケアできました。実際にケアしてもらったとき、本当はここがこういうふうに固まってきているから、こっちに影響してきているんだよと言われて、そうかと自覚したことがあって。普段からメンテナンスしないとな、と改めて思いました。やっぱりバレエ団ですぐにケアを受けられるような環境がないと、もっと痛くなるまで我慢してしまいます。

──劇場とか旅公演でのケアはどうでした?

林・渡辺:すごく助かりました!

渡辺:以前から、旅公演にはケアの人が欲しい、ってすごく思っていました。やっぱり長時間移動しての舞台は、身体の負担がすごく大きいので、終演後の治療とか、移動日前後みてもらえるとか、すぐケアしてもらえる状況がすごくありがたかったです。

林:行った先の知らない土地で治療院とかを探すのはもう、怖いです。

ダンサーの活躍できる環境

──ダンサーが活躍する環境として、もっとこうだったらいいなということはありますか?

林:トレーニングルームがあるといいですね。舞台に出ている人はずっと踊っていてますが出ない人はスタジオの隅で小さくなってリハーサルを見ているだけ。みることも大事ですが、その間もっと練習できれば全体のレベルアップになるかなと。

渡辺:劇場にウォーミングアップする場所がないんです! それでバレエ団のスタジオでレッスンしてから劇場入りすることがあるんですが、電車に乗っている間に身体が戻ってしまうこともあります。 楽屋まわりの床がカーペットなら床に寝てアップもできますが、コンクリートだと、冷えるからなるべく足を床につけないとか、絨毯を自分でもっていって、冷えないようにしないといけない。やっぱり劇場に行かないとそういう条件がわからないので、いろいろな劇場でやるのは大変です。

あと、ヘルスケアではないんですけど......海外だとバレエ団が地域の劇場についているから、お客さまに「私たちの劇場」という意識が強いんです。だから、ダンサーやオペラ歌手にも愛情深くて関心も高くて、悪い時はブーイングするし、正直な感想をぶつけてくれます。日本のお客さまは劇場についているわけではないので、それだけだと集客が難しいと思うことがあります。せっかくいい作品をやっても、知ってもらう機会がないと、本当に一部の人だけしか興味をもってもらえません。バレエはお客さまがいて完成する芸術なので、もっと私たちの活動に関心をもっていただけるように、私たちも踊るだけじゃなくて何かできないかな、と考えることがあります。

──心強いですね。ところで、お二人は主役ということもありプレッシャーも大きいと思いますが、ストレスにはどう対応しているんですか。

林:性格的に、もともとあまり溜め込むタイプじゃないから。辛いときは笑い飛ばす派(笑)。しょうがない、やるしかない。ってそういうふうにしようと最初に決めたんです。

渡辺:やるしかないって、いつもちゃんとやる。本当に意思が強い人です。だからここまできたんだと思う。

林:気が強いのかな、私(笑)。でも、彼女も気は強いですよ(笑)。

渡辺:海外にいたから、へんに強いところもありますけど、基本はマイペースです。

林:自分を崩さない。でも周りが見えないわけじゃなくて、自然にいいところを吸収してる。

──いいコンビですね。

渡辺:ゆりえちゃんは特殊なんです。だからいい関係になれる。普通は先輩にきいてもあまり教えてもらえないと思いますが、私が「シンデレラ」を初めてやったときに、わからないことを聞いたら、ここはこうした方がいいよって、聞いてないことまで丁寧に教えてくれて。なんでこんなに教えてくれるのー!ってびっくりしました。

林:私の上は年が離れていて、あまり教われなかったので、そういう人がいたらどんなに楽だったかと思って。その方が自分もやりやすいんですよ。私もわからないところは恭子ちゃんに全部聞きますし。

──強さの秘訣はそういう分かち合いにもあるのかもしれないですね。

林ゆりえ(はやし・ゆりえ)3歳でバレエを始め、2001年よりスターダンサーズ・バレエ・スクールで学ぶ。2005年ローザンヌ国際バレエ・コンクール・セミファイナリスト。2006年スターダンサーズ・バレエ団入団後、ピーター・ライト『ジゼル』『くるみ割り人形』『コッペリア』、アントニー・チューダー『リラの園』、鈴木稔『シンデレラ』バレエ『ドラゴン・クエスト』、ジョージ・バランシン『ウェスタン・シンフォニー』ほか多数主演。


渡辺恭子(わたなべ・きょうこ)2003年パリ高等音楽舞踊学院編入。主な受賞歴に2001年グラース国際バレエコンクール金賞、2002年ショソンドール国際バレエコンクール金賞、2004年第21回ヴァルナ国際バレエコンクール奨励賞。2005年首席卒業のち、オペラ座チューリッヒに入団、2006年オペラ座ライプツィヒに移籍、2008年スターダンサーズ・バレエ団入団。2013年文化庁新進芸術家海外研修制度でカールスルーエ・バレエにて研修。スターダンサーズ・バレエ団では『ジゼル』『コッペリア』『リラの園』『くるみ割り人形』『シンデレラ』バレエ『ドラゴン・クエスト』『セレナーデ』ほか多数主演。



スターダンサーズ・バレエ団 1965年、太刀川瑠璃子(前代表)がNYより振付家アントニー・チューダーを招き、その代表作を集めた「スターダンサーズによるチューダー・バレエ特別公演」をプロデュースし、大成功を収める。その時にチューダーから贈られた言葉「私の仕事が日本独自のナショナル・バレエをうながすきっかけとなり、将来日本のバレエが世界と肩を並べ、言葉の障壁を知らぬ楽しい芸術として文化交流を担うように」を受け、スターダンサーズ・バレエ団を設立。以来精力的に日本人振付家による新しい作品を発表するとともに、ロビンス、バランシン、マクミラン、フォーサイスほか世界的な振付家の作品も上演している。(公式サイト)

公演情報    スターダンサーズ・バレエ団12月公演「くるみ割り人形」全2幕
[日時]12月23日(金・祝)・24日(土)・25日(日) 14:00開演(13:15開場、13:40~プレトークあり)
[会場]テアトロ・ジーリオ・ショウワ
[出演]クララ 渡辺恭子(23・25日) 林ゆりえ(24日) / 王子  吉瀬智弘(23・25日) 加藤大和(24日)

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2016.9作成]