芸術家のくすり箱は、ダンサー・音楽家・俳優・スタッフの「ヘルスケア」をサポートし、芸術家と医師・治療師・トレーナーをつなぐNPOです。
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私流ヘルスケア:キミホ・ハルバートさん(ダンサー、振付家/UNIT KIMIHO主宰)

「いま必要な」治療やケアの専門家とつながること、選ぶこと

 ダンサーとしての活躍はもちろん、振付家として、バレエやダンスの枠にとどまらず、オペラやテレビなどさまざまな場面で引く手数多のキミホ・ハルバートさん。テレビでも放映される若手バレエダンサーの登竜門・ローザンヌ国際バレエコンクールに出場するダンサーたちの魅力を引き出すコンテンポラリー作品を振り付けることも多く、舞踊界からも一目置かれています。ダンサーとして、振付家・指導者として、ダンサーの活動環境を多面的にとらえた、ヘルスケアにまつわるさまざまなご経験や思いをうかがいました。

ケガを経験して

──キミホさんは、幼少の頃からバレエをされていますが、ダンサーとして、ヘルスケアの面で苦労されたことはありますか?

 母が指導者だったこともあり、小さいときからバレエをしていましたが、側湾症ももっていましたので、小学校のときから背骨の治療もしていました。10代のころは捻挫をはじめ、いろいろなケガを経験してきました。

 そういうときにとても困ったのはメンタル面です。スポーツ界ではメンタルトレーナーの存在が認識されていますけれども、ダンサーも舞台に立つという特殊なプレッシャーを抱えるのは同じですし、その中でどれだけ自分のメンタルを冷静に保って、なおかつベストパフォーマンスを行うかというコントロールがすごく難しいです。ケガをしたときも、その後どうするのか、続けていくのか、やっぱり自分の身体にはダンスが合わないのか、などいろいろと考えてしまい、とても苦労しました。

現在取り組んでいること

──さまざまな経験を乗り越えて、いまはどのようなセルフケアをしていますか?

 筋肉をほぐすためにスポーツマッサージ、全身のコンディショニングにはオステオパシー、足のマッサージやインソールを作るポトローグというフットケアと、それぞれ必要なときに施術を受けています。大きなケガをしたときには、決まった整形外科の先生に診てもらっています。

留学先・ベルギーでの試練と出会い

──なるほど、それぞれの専門家をうまく使い分けているのですね。ところでキミホさんは海外での活動経験もありますね。

 10代のとき、最初にひとりで留学したのがベルギーでした。そのときは背骨が何かおかしくて、よく転んでいました。回ったりするとバランスがうまくいかずに転び、痛いけどまた回ってまた感覚がおかしくてまた転んで、という、自分の感覚ではないような感じで。これはきっと日本では治療を続けていたのに、ベルギーでは治療してないからいけないんだな、と思いました。でもいざ治療を受けようとすると、どの治療師さんにも治療はできないと断られたことの意味がわからず、「痛いのになんでみてくれないの」って......。

 実は、ベルギーではまず病院に行って診断書をいただかなければ、整体とかマッサージを受けられない仕組みなのですね。当時はそれを知らなくて、本当に困っていました。

 最終的に、ある先生に出会ったことで私の人生が変わりました。その先生が、まず病院に行って診断書をもらいなさいと説明してくれて、ようやく治療を受けられるようになりました。病院の診断ではすでに「すべり症」になっていて、「あなたはダンスをする身体ではありません」とはっきり言われました。10代の、夢をたくさんもって、プロになろうと思って留学している私にとっては、ものすごくショックでした。

 そのときに、その治療の先生が、背骨の治療だけでなく、すべり症の人は1,000人に1人くらいはいるんだよ、だから踊れないわけじゃないんだよ、とメンタルもケアしてくださって、ほかにも栄養のことや、弱い部分を強化するトレーニングのことなど、色んなことを総合的に指導してくださったおかげで、今があります。

ひとりのダンサーを多角的にみること

──それは良い出会いでしたね。

 はい。そういう総合的な治療やアドバイスに、私は日本で出会ったことがなかったのです。その頃はいまよりずっと太っていて、バレエ学校からは、やせなければ3か月で追い出しますよと言われるくらい、ダイエットに励む日々で、そうするともちろん食事も足らない、その上学校での疲労もある、痛みもあるということで、どんどん精神的に良くない状況になっていたので、その先生のアドバイスには、すごく救われました。

──ひとりの医療者がトータルに治療やケアをするのと、さまざまな治療やトレーニングなどの専門家がチームを組んでやるのとでは、どちらの方がいいでしょう?

 それはチームの方が、色々な人のアイデアや経験が集まるので、とてもいいと思います。けれども、一方で問題なのは、費用ですね。いろんな方に治療いただいたりアドバイスいただいたりトレーニングを受けたり、ダンサーだってみんなやりたいことばかりです。ただその費用は、全部フォローしきれないですよね。現実としては、その中で最低限必要なものしか選べない状況だと思います。

 本当は、お医者さんとか、スポーツマッサージとか、いろいろな専門家の方たちが連携して、そのダンサーにとって今必要なところに送り合うような関係ができるといいなと思います。

振付家として心がけていること

──振付家としては、トウシューズを履くクラシックバレエのものから、裸足で踊るようなコンテンポラリーな作品まで、幅広いものを作っていらっしゃいますが、振り付けるダンサーたちに対して、何か心がけていることはありますか?

  ダンサーとひとことで言っても、ジャンルによって使う筋肉の質などが全然違います。例えばコンテンポラリーダンスは重心を下げるんですね、広く重く。すごく広い空間の使い方なんですけれど、クラシックバレエは細く高く、上から下までなるべく1本の線でひっぱり上げるのがメインです。ですからそれぞれにトレーニングしてきたダンサーは、全然筋肉の質や使い方が違うんです。

 両方やっているダンサーがもちろん総合的にはベストですが、そうではないときに、どういうふうにダンサーのベストを出していくかを考えなければなりません。彼らのバックグラウンドと全然違うものを突然振付けのときに求めるとケガをさせるもとになるので、振付家としてはそのダンサーの筋肉の質や身体の動きをみて、その人にあった振りを付けるようにしています。

 そこで無理をさせてそのときだけ我慢してやってもらっても、その人の人生にはプラスにならないので、私は自分のやりたい振りを押し付けるというよりは、その人の身体がどう動くかを探して行くほうです。

ダンサーを治療・指導する方たちへ

──キミホさんは若いダンサーの指導をされることも多いですが、ご自身の経験と照らし合わせて、医療従事者やトレーナーの方に伝えたいことはありますか?

 若い子たちには、指導者たちが一生懸命知識をシェアしようと思っても、あまり響いていないことがあります。身体のことに関しても、若さで乗り切れるから大丈夫だと思い込んでいることが多いと思うので、そういう子に対してどうやって理解してもらえるかが課題です。自分の身体で証明してきたことを真剣に伝えても、はい、はい、わかりました、って言いながら何も変えない、ということもあります。一生懸命やっているし、踊りたいから踊る。その気持ちは大切ですけれど、そういうときに、先生方のお力をお借りできれば、ダンスと医療やトレーニングなどの専門家、両方の方向から指導できるのではないかと思います。

 プロのダンサーに関しては、仕事としてやっている場合は、オーバーワークになっていても、仕事上やらなくてはいけないということがあります。芸術に対しての愛情が残っている限り、できるだけ続けたいと思うのがプロですから、どうやったら長くその芸術を続けられるかということを、アドバイスいただけるとありがたいです。大人だったら、プロだったら、それくらいわかっているだろうと先生方は思われるかも知れないですけれども、意外とわかっていないこともあります。もちろん、プロに対するリスペクトがある上で話さなければならないので生徒へのアドバイスとは全く違うのですけれども、やっぱりアドバイスはいただき続けたいです。

 最後に、舞台に立つ役割を終えた後のダンサーに対しても、配慮をお願いしたいです。私の知るバレエの教師が足を痛めたので、ダンサーをよく手術しているという病院に行ったところ、「僕はあなたのような(ダンサーではない)人は、診られません」と言われ、ダンサーではなく普通の老人として扱われたことに大きなショックを受けていました。その先生はまだ現役で教えていて、同年代の方よりはずっとパワフルだし、ジャンプもスキップも、何でも手本を見せたいというエネルギーもあります。確かに自分は老人だとわかっていても、どこかでアーティストはずっと死ぬまでアーティストなのだと思います。だからぜひ治療される方も、そのアーティストとしての誇りとか自負を、理解していただけると嬉しいです。

*この記事は、2015年6月7日に開催したシンポジウム「芸術家のパフォーマンスとヘルスケア」でのお話を中心に構成したものです。

キミホ・ハルバート ダンサー・振付家/UNIT KIMIHO主宰。 5歳より日本でバレエを始め、ベルギーに留学後、コロラドバレエ団(アメリカ)入団。97年帰国後、新国立劇場バレエ団入団。専属、契約期間を通じて12年間在籍する。01年『UNIT KIMIHO』結成。クラシックバレエとコンテンポラリーの両方を踊るダンサー&振付家として、ダンス作品に留まらずオペラ、CMなど幅広いジャンルで活躍中。 


キミホ・ハルバートさんオフィシャルサイト

キミホ・ハルバートさん作品上演/出演情報
岸辺バレエスタジオ第28回発表会
 [日時]2015年8月30日(日)17:00開演
 [会場]メルパルクホール(東京都港区芝公園2-5-20)
 [チケット] A席・3,000円 B席・2,500円
  ※キミホさん振付作品「AGUA」上演/キミホさん「ジゼル」のパ・ド・ドゥ、「AGUA」出演

「MANON」(昭和音楽大学主催)
 [日時]2015年10月18日(日)14:00開演
 [会場]テアトロ・ジーリオ・ショウワ(神奈川県川崎市麻生区上麻生1-11-1)
 [チケット] 全席自由  一般2,000円  学生1,000円
  ※キミホさん振付作品「MANON」上演/出演

【お問合せ・お申込み】メールにて、(1)お名前 (2)ご希望の公演 (3)ご希望の券種 (4)枚数   (5)電話番号 (6)ご住所をお知らせください。宛先:contact☆kimiho.org (☆を@に変えて)

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2015.8作成]