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私流ヘルスケア・スペシャル対談〜高瀬磨理子さん(制作)、柴田彰彦さん(トレーナー)

俳優をアスリートの感覚で捉えて、ぼくらはそれをサポートする。

日本国内の多彩な演劇界で、骨太な大作を繰り出している新国立劇場。その中でも、シェイクスピアの壮大な歴史劇『ヘンリー六世』の三部作を一挙上演するという、世界的にも稀な2009年の舞台は、大きな話題となりました。その裏で、過酷な舞台を乗り切るために、トレーナーチームが活躍したことをご存知でしょうか。その舞台の制作だった高瀬磨理子さんと、チーフトレーナーの柴田彰彦さんに、お話をうかがいました。

──高瀬さんが制作された舞台で、初めてトレーナーを現場に入れた経緯を教えてください。

高瀬:きっかけは、『ヘンリー六世 三部作』という、全体でシェイクスピアの作品3本分、一挙に上演すると9時間以上かかる作品です。朝10時半くらいから夜9時過ぎまで、毎日三部を、全員で稽古する厳しいスケジュールに加え、セットの八百屋(舞台の傾斜)もハードでした。戦争物なので大勢の殺陣があったり、役柄による無理な体勢の続く役者さんがいたり、ベテランの舞台俳優さんにたくさん出演していただいたこともあり、立ち稽古が始まってすぐに故障者が出始めたんです。このままでは、稽古場で代役が何人も必要になってしまうと切羽詰まって、個人的にお世話になったことのあるトレーナーの柴田さんに相談しました。新国立劇場でも前例のない特別な取り組みでしたが、すぐに動いてくださって、毎日トレーナーチームがサポートしてくださる体制が実現しました。


──俳優さんの希望するケアやコンディショニングはありましたか?

柴田:実は俳優さんからは具体的な希望って上がってないんですよ。高瀬さんにお願いして、最初に1人20〜30分時間を取っていただいて、出演者約30人全員カウンセリングチェックでお話を聞いて、生活習慣、骨格、柔軟性、筋力、可動域をチェックして、その時に持たれている疾患、過去の疾患を把握しました。そこから最終的に無事舞台を終えるために、この人はここに気をつけなきゃいけないとか、この人は殺陣でこういう動きがあるから、こういうフォローしなきゃと項目をどんどん明確にさせていきながらフォローする形ですね。

──実際に、どんなことをされたかを教えていただけますか。

柴田:トレーナー4人から5人体制で、稽古前、休憩時間、稽古終わりに入りました。本番前に、まず筋肉を温めて可動域を出さなくてはいけないので、緩めすぎずに可動域を出すというアプローチです。特に頸椎周りは緩めすぎると声が広がって出なくなってしまうという俳優さんが何人かいらしたと聞いて、声帯を緩めすぎずにほかの部分のストレスを取るとか、体幹に力が入るようなトレーニング的な動きで可動域を広げたりとか、自分たちのリリースで横隔膜がうまく動くようにコアのコンディショニング・ウォーミングアップになります。終わった後はクールダウンで、緩めて伸ばして、をしっかりやります。特に、ストレスが局所的にたまった場所はしっかり緩めて、そこが原因でここに来るな、というところも見越してしっかり伸ばしていく感じです。次の日にニュートラルな状態で来られるようにイメージしながらケアしていました。だいたい一人20〜30分ですが、長い方は1時間くらいかけることもありました。

高瀬:みんな順番を待ち構えていて(笑)、とても頼りにしていました。ベテランの俳優さんは、稽古前にお願いしたり、途中の時間でケアしたり、若い俳優さんは稽古後にケアするという方が多かったです。隣の稽古場に畳を敷いて場所をつくり、タオルがたくさん必要だということで、劇場スタッフの助けを借りてかき集め、ストレッチポールを制作費で買いそろえて、なんとか態勢をつくりました。毎日俳優のみなさんが過酷な状況で稽古しているので、日々のケアによって次の日に備えるという場が必要だなと思いましたし、みなさんうまく活用してくださったと思います。

──今後もそういった連携の可能性は?

高瀬:その後別の担当者が制作した『象』という演目の初演と再演と、『リチャード三世』と、これまでに計4回お願いしています。『象』は、舞台一面に衣服が敷き詰めてあって、布の上を歩くだけでものすごくストレスがかかるとか、『リチャード三世』は、『ヘンリー六世』に続く作品で、またせむしのような無理な姿勢で演ずる必要があるとか、そういう特別ハードな演目の時にお願いしました。

──関わってくださるトレーナーの方に期待するポイントは?

高瀬:プロとしての本物の技術と言葉を持っていることですね。それぞれの俳優さんをよく見ていただいて、その人の弱みや、体の悪いところ、ストレスやハードな環境など、状況を把握して、できるだけいい状態で舞台に送り出してくれる方にいてほしいなと思いますね。その点、柴田さんはプロの中のプロですし、何かを「してあげる」のではなく、俳優さんご本人にもやるべきことをきちんと伝えてくださるので、とても頼りになりました。

柴田:最終的には、俳優さん本人が体のこととか、自分のコンディションのことについて知識を得る機会が増えて、行動パターンが変われば、外からいろんなことを与えられなくても自分たちでコンディショニングして、舞台を長く続けられる体が作れるのかなって、ぼくは思います。だから、ぼくのところに縁がなくて二度と来なくてもいいけど、こういう知識をちょっと勉強して持ち帰ってくださいね、という接し方をするようにしています。

──もし治療や検査が必要と思われた場合はどうされているんですか。

柴田:その方に状態の説明と、そこから出てくるリスクの説明をして、病院に行かれた方がいい、行かないとこうなりますっていう説明はします。「病院に行かなくちゃいけない」と指示するのはぼくの権限ではないと思うので、そこは制作サイドに伝えます。行く行かないはその方の意志になってしまうんですけど。

──俳優さんはご自分から不調だと、なかなか言わないのではないですか?

高瀬:こちらから声をかけてケアしてもらうように心がけています。声が枯れ始めたり、体の動きがおかしかったり、顔色が悪いとか、咳とかくしゃみをしたらすぐに。若い俳優さんは特にですね。自分では気が付いてなかったりするんです。ただ、『ヘンリー六世』くらいのカンパニーになると、年上の俳優さんが、より若い俳優さんに声をかけてくれるんですよ。たとえば稽古の中で気になることがあった時でも、若い俳優さんの面倒を中堅の方がみてくれるとか。そういう時は、私が声をかける必要はない。俳優さん同士にアドバイスしていただいた方がいいなと思って、年上の俳優さんに「ちょっと声をかけてあげてください」とか、「ちょっと面倒をみてあげてください」と、お願いするようにしています。

──トレーナーと芸術の世界との関係、まだまだ深められそうですね。

柴田:日本って遅れてるんですね。スポーツチームにトレーナーが付くのも、最近は当たり前になりましたけど、舞台でもそういうレベルで付くべきじゃないのかなと思っています。もっと、俳優をアスリートの感覚で捉えて、ぼくらはそれをサポートするような形をとっていったら面白いのかなと思いました。演劇されてる方って、スポーツ選手と同じように、観ていてすごいパワーを与えてくれるので、そんな関わり方を今後もできたら楽しいなと思います。

高瀬:新国立劇場でもトレーナーを付けるのは、特別な演目に限られたケースです。いろいろな意味でハードな現場では、やはり作品を支える重要な役割を担う仕事だと思います。柴田さんは現在、新国立劇場演劇研修所で舞台人に必要な身体作りの授業をしてくださっています。これからもよろしくお願いいたします。



高瀬磨理子(たかせ・まりこ)松竹歌劇団にてミュージカル劇団へ転向する運営、制作に携わったのち、松竹演劇部にて制作助手として多数の演劇制作に参加。97年より新国立劇場制作部に。担当作品に『セツアンの善人』『太平洋序曲』『透明人間の蒸気』『浮漂』『音のいない世界で』『エドワード二世』など。2006年文化庁派遣新進芸術家制度で英国ウェールズにて研修。桑沢デザイン研究所非常勤講師。お茶の水女子大学大学院修士課程(服飾美学)修了。14年より新国立劇場演劇研修所スタッフ。

新国立劇場オフィシャルサイト
 

柴田彰彦(しばた・あきひこ)パーソナルトレーナー。トレーナーチームSHIBATA チーフトレーナー。渋谷区初台にて予約制のパーソナルサロンを構え、ストレングスからバランストレーニング、ボディコンディショニングのパーソナルセッション、グループパーソナルの講師や舞台サポートの現場などトレーナーチームでのフィールドもある。[参加舞台]新国立劇場『ヘンリー六世』(2009)、『象』(2010・2013)、『リチャード三世』(2012)、パルコ劇場『抜け穴の会議室2』(2010)全国公演。


 

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2014.6作成]