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私流ヘルスケア: 今藤政太郎さん(長唄・三味線方)

みんなが良いコンディションで演奏できれば、その分野は向上する

来年80歳を迎えられる人間国宝の今藤政太郎さん。演奏家としての活躍はもちろん、ひとつの道を極める過程でのさまざまなご経験から気づいたこと、考えたことを惜しみなく後進に伝えています。長唄では暖をとることも、お腹を満たすことも、病気を治すこともできない。けれども一見役に立たないことを一生懸命組織的にやるのが人間なのだから、巨視的にみれば、長唄もその人間らしさを高めるのに役に立っているかも知れない、と思い至ったという氏の言葉は、芸術に関わる人を勇気づけるものではないでしょうか。

──長唄にも科学の力が必要だと、よくおっしゃっているそうですね。

 昔はよく、猛練習するのが一番いいんだと言われていました。これは、まったく意味がないかというとそうではないんですよね。やっぱり、何が何でも上手くなりたいんだ、という気力も必要だし、なかなかうまく弾けなくて、というところから自然に試行錯誤するのも大事なんです。よく技術不要論みたいなことが言われるけれど、技術なしではいくら言ったって砂上の楼閣でね、やっぱり技術を克服するところに芸術が存在するということもある。これから、総合的な意味での"いい演奏家"が出るためには、その技術を克服する面では、どこの筋肉をどういうふうにトレーニングしたらいいとか、こういうところの力を抜いたらいいとか、音の良し悪しとはどういうことかとかに、サイエンスの光が当てられるようになるといいなと思っています。実際、いい演奏家は、大きな意味で物理学の法則にかなっていることが多いように思うんですよ。

──日本固有の芸術に関しては、まだその特殊性について十分研究されていませんね。

 ぼくらは身体を歪めて特殊化することによって、その楽器とか、そのジャンルにとって必要なことに合わせているわけですよね。だから、その特殊化しているものを、一般論での健康的な"正しい姿勢"にしちゃったら、長年かかって特殊化してできることが、水泡に帰すわけです。さりながら、一般論としての健康をやっぱり保たなきゃいけないわけですよね。そこらへんが難しいところでね。これは、芸術面にも言えることで、たとえば、我々の長唄でもよく、「邦楽は特殊なんだ」と言うんです。けれども、本当は何が普遍で何が特殊化してることなのか、説明がつかないまま、我々は別だ、みたいなことを言って権威づけする。あれは本当によくないことだと思うんですよ。特殊なところと普遍的なところの接点というものがわからないと、本当の芸にはならないんじゃないかなと思うんですよね。


──三味線の方に特有の、職業病的なものはありますか?

 特に三味線弾きに多いのは、右手首や肘腱鞘炎でしょうね。それから頸椎。立て三味線になると、首や頭などでの合図がありますから、そんなに動いているようには見えないけれども、結構使っているんですよ。頸椎の5番とか6番あたりの頚椎症が多くて、中にはそれで全然手が動かなくなっちゃう人もいます。ぼくも一遍左手が痺れて、動かなくなっちゃったことがあるんですよ。

──そういったご自分の経験を踏まえて、練習法は変わりましたか?

 むやみに首を振らないとか、30分弾いたら10分休んで、柔軟体操してとかするようになりました。若い頃は2時間は弾き続けなきゃというような精神主義的なことがありましたが、休憩や柔軟体操をある程度システム化して、蓄積した疲労は、少しずつ取りながらやったほうがいいということがわかってきましたね。そういう合理的な方法が身につかないうちに年取っちゃったから、若い方にはぜひ身につけてほしいなと思うんです。ぼくは反面教師です。

──そういうご自身の体験に基づいて、若い方にも教えてらっしゃるのですね。

 体験というのは必要なんだけれど、一方でそれを理論づけることも必要ですよね。三味線のエキスパートである必要はないから、合理的な練習の仕方を教えられる人もいないとね。そういう立場のエキスパートであるトレーナーが必要でしょうね。それもさっき言ったように、一般的な体のケアという観点だけでなくて、ある程度特殊化した体になっている演奏家がコンディションを保つにはどうしたらいいのかということを一緒に勉強してくれて、ある程度それが仕事として成りたつようなね。
 体のコンディションが悪いと、メンタル面でも弱みになりますよね。こう表現したいのに身体がついていかない、そんな弱みから結果としてうまくできない。そんな残念な思いを少なくして、その人の実力が常に発揮できるようなコンディション作りは、ぜひお願いしたくて。みんなが良いコンディションで演奏できれば、その分野は向上するし、観てくださる方、聴いてくださる方もいいと思ってくださると思うんでね。

──本当にそうですね。実際になさっている体操やストレッチ、具体的にはどんなことされていますか。

 足のストレッチと肩回しですね。それに足を伸ばして体をひねること。ストレッチをした時としない時では、曲を弾いた時に楽さが全然違いますね。ぼくがちょっと変わってるのは、ストレッチする時に、一緒に早口言葉を言うんです。早口言葉が筋肉になんの作用をしているかわからないけど、脳のどこかを刺激するんじゃないかと思ってね。きっかけは、亡くなった団十郎さんが、大病から復帰なさった最初の演目の「外郎売」なんです。どちらかというと口の重い団十郎さんが早口言葉の言い立てを一所懸命言って、言えるようになった。そのことにものすごく感激しちゃって体操の中に早口言葉を入れるのを思いついたんです。これを音楽家にとって絶対的なトレーニングである口三味線と同じように節をつけてやると、ウォーミングアップがいっぺんにできる。
 あと、自宅にいる日は、脚と体幹が鍛えられると朝倉摂さんに教えてもらった「レッグマジック」を使っています。1日30回が目安です。

──ところで、左手の爪がキラキラされているのは?

 これはジェルネイルです。長唄の三味線は糸を爪で押さえるんですが、糸の強さに比べて爪の方が弱いですから、どんどん減って、弾けなくなっちゃうんですね。だから糸を押さえる3本の爪は特別に厚く塗って補強しているんです。親指は糸を押さえないので必要ないんですけど、バランスが悪いんで、一刷毛塗ってあります。サロンに行くのはちょっと恥ずかしいんですけどね(笑)。



今藤政太郎(いまふじ・まさたろう)1935年東京生まれ。四世藤舎呂船、藤舎せい子の長男。幼少より邦楽器に親しみ、16歳の時、十世芳村伊四郎より本格的に長唄の薫陶を受けた。55年東京芸術大学に入学し、昭和期の大名人・三世今藤長十郎、今藤綾子に師事。63年二世今藤長十郎の前名である今藤政太郎を襲名。同年「能楽囃子」でNHK杯賞文部大臣賞を受賞。三味線の演奏活動と映画音楽を含む作曲活動を展開、その両方で様々な受賞歴を持つ。多くの海外公演において立三味線を務めている。国立劇場養成課、桐朋女子短大・国立音大講師、NHK邦楽技能者育成会講師。現邦連理事長、創邦21同人。2013年重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。

今藤政太郎さんオフィシャルサイト


 

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2014.5作成]