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私流ヘルスケア:観世喜正さん(能楽師・シテ方)

幽玄の世界を支える意外な小道具〜やるとやらないとでは大違い

能楽師の家に生まれ、各地でひっぱりだこのシテ方・観世喜正さん。実演家としてはもちろん、一人でも多くの人に能を知ってもらおうと、流派を超えたユニット「神遊(かみあそび)」を結成して、解説つきの公演を行ったり、矢来能楽堂で体験型の「Know-Noh(のうのう)講座」を開催したりと、さまざまな企画を繰り出す名プロデューサーとしても活躍されています。
 多くの実演家が長い現役生命を続けている世界。忙しい中にも、より良いコンディションで芸を続けていく秘訣は何なのか、能楽界の現状からプライベートでのケアまで、さまざまなお話をうかがいました。

──能楽師の方は、さまざまな職種がありますね。

 能のパートは、シテ方、ワキ方、狂言方と、囃子方が笛、小鼓、大鼓、太鼓と、全部で7つあります。まず囃子方は床几または正座をして演奏します。小鼓は右肩に楽器を乗せて打つので、右耳が悪くなるとか、大鼓は大変硬い楽器を手で打つので、手を傷めやすく、太鼓はひじを傷めやすいとききます。狂言方は、大きな発声やアクロバティックな動きがあったり、所作がほかの役者さんと比べると多いのが特徴です。ワキ方は立て膝で1、2時間座り続けますので、ひざ、腰、足、背中、などの痛みが出る人もいます。
 シテ方は能楽師の中でも一番人数が多い、主役のパートですが、ごくたまに跳だり倒れたりという動きはあるものの、いわゆるケガに直結するような動きは実はそれほどないんです。能の特徴である摺り足や腰を入れて背筋を入れる構えは、負担になることはなくて、正しくできると一番整った状態になります。地謡(能のコーラス)をするときは、正座をしたまま2時間くらい謡いますので、膝や腰が辛いという方はいます。いまは80代の人でも普通に舞台に出るようになったので、ひざや足腰の痛みというものが目立つようになっている部分もあると思います。
 あとは声ですね。謡を謡いますので、のどに関してのトラブルは非常に多い。かくいう私も一度声帯ポリープの手術をしています。

──能楽師の方に起こりやすい怪我や故障は多様ですね。一方で芸を磨くために普段の稽古以外で取り入れていることはありますか。

 多分まったく無いでしょうね。謡えば声は枯れるとわかっていても、そこに体系だったケアの方法があるわけではないです。
 体に関しては、よく「足腰鍛えたいなら舞台拭け」と言われ、修行中は朝必ず舞台を拭かされます。いわゆるぞうきんがけの動作ですね。鍛えるというほどにはならないかもしれませんが、三間四方の本舞台と後座や橋掛りの拭き掃除をやるとやらないとでは大違いで、顕著に効果はありますよ。それ以外にはこういう体操や発声練習をしなさいという体系だったものはないです。

──それぞれの方がご自分なりに取り組んでいらっしゃるということですか。

 そうですね。例えばのどに関しては、本番の舞台だけですと、実際に謡っている時間はそれほどでもないですし、謡う以外の後見のような作業もあります。ただ、多くの能楽師と同様、私もレッスンプロとして愛好家の指導もしているので、学校の先生と一緒で、しゃべり続けなきゃいけない。声をださないようにケアする時間は作りにくいです。通常はそれぞれ適量の範囲でやっていますから、そうそう壊すことはないんですが、まあでも2、3か月にいっぺんくらいはダメになります。運悪く風邪をひいたときに休めない状態が続くと、傷口にやすりをかけたみたいになって、戻すのに何週間もかかります。
 でもどの分野のプロもそうですが、本番なのに体調が悪い、足を怪我したなど、マイナスの状態を乗り越えていくことで、より技術的にも身体のケアも、うまくなっていくんでしょうね。

──ご自身は、どんな対策をされていますか?

 とにかくのどを乾燥させないことですね。本当に声が出ないときは、口の中の潤いを維持するために、のどあめをなめながら謡っています(笑)。あとはどの程度効くのかわかりませんが、腫れと荒れを緩和したいときに、のどのスプレーを使っています。
 乾燥には加湿器がいいといわれますね。私はずぼらなので、つけ忘れちゃうことがありますが、ホテルに泊まるときは、バスタブにお湯をはって、バスルームのドアを開けっ放しにして、お湯に浸したバスタオルを部屋にかけておくくらいのことはします。これはやるとやらないとではだいぶ違いますね。われわれ、基本的に飲んだくれているので、酒を飲んで大声出して、帰って大いびきをかくのが乾燥した部屋では、のどに良くないですからね(笑)。

──のどのポリープの手術というのは、能楽師の世界ではよくあることですか?

 昔は、ポリープは切るな、と言われていたんです。深く切りすぎると、ポリープそのものは除去できても、後でうまくいかないと。ところが、私が手術した頃には技術がだいぶ進化していて、耳鼻科でいとも簡単にファイバーを入れて声帯の状態が見られるので、明らかに腫れていたり、白くなっていたり、ポリープができかけているのが一目でわかり、見せられると、手術も納得できました。私は歌手や能楽師を多く手掛けた先生にお願いしたので、もとと同じか、もとより声が出るくらいにはなりましたから、人様にも手術はおすすめしています。ただ、実際それだけの高等技術で出来る先生は本当に限られているようですから、手術は最後の手段だとは思います。

──地方でのお仕事で、移動も多いですね。

 私は、移動は全然疲れません。お茶を飲もうが本を読もうが居眠りをしようが、まっすぐ向いて座っているだけですから。足が下がっているのはよくないので、足をなるべく上げて楽にして、ほとんど寝ています。ただ、首を冷やさないように必ず襟巻きをします。夏場でも手ぬぐいをあてておくようになって、風邪をひくことがすごく減りました。マスクも必須です。眠るとどうしても口を開けてしまったりしますが、マスクだと乾燥も防げますし、アホ面も見られなくてすみます(笑)。
 あと、移動のときに使っている小道具があって、それが快適なんです。

──その小道具とは......?

 このツボ押しです(写真)。かれこれ20年以上使っていて、これはもう何代目かになります。舞台をやると腰や背筋が疲れるので、家では大きい方の上に寝転がって使います。ツボ押しグッズはいろいろありますが、これは体重をかけて使うので、力が要らずに楽です。子どもの頃から家にあったものですが、使ってみたら、これはなかなか良いなと。小さい方は椅子でも使えることに気づいてから、移動中はいつも持ち歩いています。飛行機や新幹線でこれを腰に当てたまま寝たり、足裏マッサージをしたります。これをやるのとやらないのとでは全然違います。


──鍼灸・整体にも通われているんですね。

 能楽堂から徒歩1分のところに通ってます。ものすごく根っこの凝りみたいなものを改善するのと、体調の管理にもなっています。今日も先ほど行ったら、「胃と肝臓が疲れてますね、ちょっとお灸をしておきましょう」と。普段の状態をわかっていて下さるので助かります。うちの能楽師がよく行くので、別名「保健室」とよばれています(笑)。



観世喜正(かんぜ・よしまさ) 1970年東京生まれ。慶応大学法学部卒業。父・三世観世喜之に師事。東京を中心に、全国の公演、海外公演に多数出演。普及活動や講演も多く行う。また謡曲のCD化、能公演のDVD作成など能楽教材のソフト化にも積極的に取り組み、大学も含め札幌から長崎まで国内十数か所で指導に当たる。2000年より始めた「のうのう講座」は、解説のみならず体験教室、異種共演など多角的アプローチで能と日本文化の紹介・普及に取り組む。公益社団法人能楽協会理事。著書に「演目別に見る能装束」(淡交社)。


かんぜこむ 観世喜正さんの能楽サイト。公演情報、「のうのう能」、お稽古、出版物などの情報の詰まったポータルサイト。

神遊(かみあそび) 能の魅力を次の世代へ伝えるため、流派を超えた能楽師5人が始めたユニット。
  2014年3月16日(日)観世能楽堂にて「雪月花三番能」開催。

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2014.2作成]