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私流ヘルスケア:大山平一郎さん(ヴィオラ奏者/指揮者)

音楽を豊かにする"対話"の力〜自分の身体との対話、人との対話〜

ヴィオラ奏者・指揮者として、アメリカのオーケストラや室内楽の第一線で活躍を続け、現在日本でも若手の指導に力を注いでいる大山平一郎さん。最近では、極上の室内楽を身近に親しむための「Music Dialogue」の活動にも力を入れています。その大山さんに、プロフェッショナルな音楽活動を支えるコンディショニングについて、普段から気をつけていること、アメリカと日本の音楽家の環境の違いなどについて、お話しいただきました。

----これまでの音楽活動の中で「職業病」的な故障を経験されたことはありますか?

 ロスのオーケストラに居た頃、左肩と左腕が全く動かなくなったことがありました。これで何週間かゆっくり休めるかな、と期待していたら、専門家の先生に「筋肉を使わなくなったら余計に良くないので、弾きながら治す」と言われてしまいました(笑)。理想的で健全な治療法は、メスも注射針も入れない、ステロイドは使わない方がいいということを、音楽仲間からきいていたので、私も休まず弾きながら治しました。結局9か月くらいかかったかな。

----そういう時に、音楽仲間の口コミや、専門家の先生の存在は心強いですね。日常的に心がけていることはありますか?

 ヴィオラは重さもある上に、演奏する格好も不自然ですよね。身体に悪いので、ぼくはあまり練習しないようにしています(笑)。一時指揮に没頭した期間がありましたが、久しぶりにヴィオラを弾いたときに、ぎっくり腰になってしまったんです。当時は大病を経験し、体力回復を理由に暴飲暴食に走り、体調管理への意識がないと厳しく叱られました。それから、毎日体重を測ったり、定期的に検査も受けるようになりました。
 あとはぎっくり腰の時に教わった、自分でできる整体を、"ちょっと危ないかな"と思ったときに、ところ構わず床に寝転んでやります。運動はもともと好きなんです。子どもの頃は毎日相当の距離を自転車に乗っていたからか、体力はあるほうで、ヴァイオリンも習っていたけれど、本当は野球選手になりたかったくらい。今でも野球をやりますし、運動神経はぼくの年にしてはかなりいいんじゃないかな。

−−食べ物なども、気をつけていらっしゃるのですか?

 基本は食べたいものを食べる、自然体です。適度にお酒も飲むし、タバコは吸わないけれど葉巻は時々。ストレスが一番良くないですからね。ただ、年をとると太りやすくなるから、人の体温で脂が溶けない牛肉よりは豚肉を選ぶとか、野菜をとる、水をのむとか、多少は気にするようになりました。体重は80kgを目安にしていて、それを超えたら炭水化物を減らして、黒酢を飲んで毎日歩いて調整します。体重増加はぎっくり腰にもつながりますからね。
 風邪かなと思ったり、冬にニューヨークみたいな寒いところに行ったりすると、韓国料理を食べにいくんです。身体があたたまって、風邪のばい菌が退散するのか、元気になります。
 サプリメントは、食事では補い切れない栄養を摂るのに便利ですから、アメリカの総合ビタミン剤と、セサミンを愛用しています。他には黒ニンニク、ヨーグルトをとっています。おまじないのようなものもあるけれど、やっぱり疲れにくくなっていると思います。風邪ぎみのときや、ちょっと痛みがあるときは早めに薬を飲んでなおすようにするので、アドヴィル(解熱鎮痛剤)もサプリメントと一緒に、いつも携帯しています(写真)。


−−アメリカのオーケストラでは、契約の中にヘルスケアに関する条項があるのですか?

 音楽家との契約書には、"もし何かあったら〜"という言葉がよく入っています。普段のケアのためにお金は出さないけれど、保険をかけて、何かあった場合の補償を厚くしてある形です。音楽家からの色々な働きかけによってそうなったようです。ロスのオーケストラで入っていたユニオンは、アメリカ内でも1、2を争う強い団体で、健康に対してもうるさいところでした。
 ところが、最初に日本に帰ってきて最初に仕事をしたとき、びっくりしたのは、日本ではチェリストがパイプ椅子を使っている。それをみて「あり得ない」って言ったら、事務局からもプレイヤーからも「余計なことを言うな」みたいな感じで睨みつけられて。それは絶対腰が悪くなると思ったんです。

−−パイプ椅子が良くないのは、自分で調整できないからですか?

 ヴァイオリンとヴィオラ奏者はこういう(少し座面を斜めにとって背もたれの一部で身体を軽く支える)座り方をするのがいいんです。これだと背もたれを支えに使えて、重心も後ろに行き過ぎない。でもパイプ椅子だと、この座り方だと倒れちゃう。背中の支えがあるのとないのとでは、1週間弾き続けたら身体の負担は全く違います。身体の大きさで座高も変わってくるので、高さも変えなくちゃいけない。アメリカの場合、新人がオーケストラに入団したら、身体にあわせて名前を書いた専用の椅子を用意する。そこまでするんですね。
 実は、アメリカと日本との違いは他にもあるんです。それは弦楽器の椅子の向き。弦楽器は、譜面台を二人で1台シェアして使います。日本ではその椅子を並行に並べるから、例えば第一ヴァイオリンだと、内側の人は楽器が自分の左側・譜面は右側になって、身体をひねって弾くことになります。椅子の向きをちょっと譜面台の方にふるだけで、身体の負担はだいぶ改善するはずなんですが......。

−−日本で学んでいるこれからの若い方に、何かアドバイスはありますか。

 ぼくの師匠の一人は、「必ずお前を教え込むけれど、条件として、結果的にいいヴィオラ弾きになったときに、この人はすばらしい紳士だなと思われてほしい。それにはいかにしてスコッチを飲み、いかにして葉巻を吸うかというのも心得ておいて欲しい」というんですよ。そっちの方を先に教え込まれて(笑)。やっぱりレッスンだけなじゃなくて、色々なことを知らないと、音楽が豊かにならないですよね。
 それから、クラシック音楽のような西洋芸術の世界に進むなら、その技術が生まれた社会のことを知るためにも、もう少し言葉の勉強をした方がいいんじゃないかな。西洋の芸術というのは対話、会話からきている「ダイアローグ」の芸術で、日本の芸術は「己を極める=モノローグ」なんです。自分が他の人に迷惑をかけないように自分を消すのが美徳。ところがアメリカなんかは、自分が困っていたら対話して助けを求めなさいと。極端に違うんですよ。例えば「手が痛い」とかも、向こうの人は話して訴えるんです。日本の場合は、痛くても、こんなこと言ったら迷惑をかけるからと黙ってしまうことがあります。音楽の面でもそういう面でも、もっと言葉の障害を減らして"対話"して欲しいですね。



大山平一郎(おおやま・へいいちろう) 京都生まれ。指揮者、ヴィオリスト、室内楽奏者、そして教育者として高く評価されている。東儀祐二教授にヴァイオリンを師事。後に桐朋学園で、江藤俊哉、鷲見三郎、斎藤秀雄各教授に師事。1966年日本音楽コンクール、ヴァイオリン部門で入賞。ギルドホール音楽学校卒業。BBCベートーヴェン・室内楽コンクール、カールフレッシュ国際ヴァイオリン・コンクール等で入賞のほか、インディアナ大学コンクールではヴァイオリン、ヴィオラ両部門で同時優勝を果たす。1972年、マルボロ音楽祭にヴィオリストとして参加後、数多くの国際音楽祭に招待され、著名な音楽家とも共演。 1973年、カリフォルニア大学助教授に就任、翌年ニューヨーク国際ヤング・コンサート・アーティスト賞を受賞。1979年にロサンジェルス・フィルハーモニックの首席ヴィオラ奏者に任命された後、指揮の勉強を始める。1981年にクロスロード学校弦楽合奏団の指揮者、1987年にロサンジェルス交響楽団の副指揮者に任命される。 日本では1991年に京都市交響楽団を指揮してデビュー。以降国内でも数多くのオーケストラを指揮。 1973年から2003年までカリフォルニア大学教授、1999年から5年間、九州交響楽団の常任指揮者、2004年から2008年まで大阪シンフォニカー交響楽団(現、大阪交響楽団)ミュージック・アドヴァイザー及び首席指揮者。 現在、米国のサンタ バーバラ室内管弦楽団 音楽監督兼常任指揮者。CHANEL Pygmalion Days Special Concert Series アーティスティック・ディレクター。The Chamber Players メンバー。世界各国のオーケストラや音楽祭にて客演を重ねている。

Music Dialogue トップレベルの若手音楽家が室内楽を通して、真の意味での音楽作りを学び、演奏する機会を提供する非営利団体。一方通行の音楽提供ではなく、音楽を通して演奏家や他分野の芸術家、そしてお客様の間に様々な対話が生まれ、お互いの経験や考え方そして知識から、より豊かな心の糧を見いだしてゆけたらという期待をもって2013年に活動を開始。2月13日に神楽坂アグネスホテル東京にて、「音楽と対話の夕べ」を開催予定。

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2014.1作成]