芸術家のくすり箱は、ダンサー・音楽家・俳優・スタッフの「ヘルスケア」をサポートし、芸術家と医師・治療師・トレーナーをつなぐNPOです。
  • TOP
  • 芸術家のくすり箱とは
  • セミナーに参加する
  • ヘルスケアサポート
  • 実践!芸術家のヘルスケア

私流ヘルスケア:鈴木一志さん(ファゴット奏者)

絶妙なバランス感覚こそ豊かな演奏の源

日本フィルハーモニー交響楽団の首席ファゴット奏者、鈴木一志さん。ファゴットも、食事もお酒も大好きという鈴木さんの活躍の源は、日々の暮らしの中に根付いたプロフェッショナルな意識と行動。ご家族(2人と1匹!?)に支えられた、演奏家ならではのコンディショニングについて、お話しいただきました。

----日本フィルさんは、旅公演も比較的多いそうですが、そういう時でもコンディションをよく保つ工夫はありますか?

 旅公演は年間通して約1か月分くらいあります。旅先では、演奏会の後、夜遅くまで飲んだり食べたりするので、朝はコーヒーや野菜ジュースくらいにおさえることがよくあります。各地の演奏会は実行委員会の方々が、年に一度の日本フィルの公演を楽しみにして、歓待して下さるんですね。実行委員の方たちの笑顔を見ると、やっぱり演奏はもちろん、演奏の後で疲れていても、その後のおつきあいもがんばろうとなるので(笑)。朝を食べないかわりに、睡眠はしっかりとるようにして、自分なりにバランスを調整しています。
 あとは、お昼を早めにとるようにして、リハーサル前に散歩したり、現地の美術館に行ったりします。先日のツアーでは、会場への移動にみんながバスを使うところをぼくは歩くようにしたんですよ。いまは、1日1万歩を目標にしています。歩いた方が、演奏する時の体調もいいし、終わった後のお酒もおいしいんですよ(笑)。

----ファゴット奏者が特に気をつけなければならないことはありますか?

 ファゴットは吹く楽器なので、風邪は大敵です。風邪をひくと、息が続かなくなりますし、咳が出ると演奏できなくなってしまいますから、健康管理として、手洗い・うがいはもちろんですけど、ホテルでは乾燥に気をつけています。加湿器は必須です。
 それから、ファゴットは重さが5、6キロあるので、持ち歩くときに身体の負担が片側に偏らないようにしたり、演奏のときはストラップを使ったりします。右手はほとんど添えているだけで、この重さをストラップと左手とで支えています。腱鞘炎になる人も、左手の方が多いですね。ストラップは、首から下げるタイプと、パラシュートのように肩全体で支えるものがあります。ぼくは、肩まわりがフリーの方が好きなのでパラシュート型は使いませんが、気にならない人は、パラシュート型の方が重さが分散されて楽かも知れません。
 他には、椅子の座面に敷いて、楽器の下で重みを支えるシートストラップもあります。

----演奏時の対処以外に、体のケアはしていますか?

 鍼灸の先生に1か月に1回くらい身体のメンテナンスをしてもらっています。ご自分でも楽器を吹く先生なので、色々きいて、教えてもらいます。その先生に見てもらうようになってから、心の中での安心感があります。

----その先生にはどのように出会ったのですか?

 家内が不調のとき、付き添いで行ったのがきっかけです。ついでにみてもらったら、1か所、触られるとのたうち回るくらい痛いところがあり「これはひどいですね」と言われて、治療が始まりました。
 以前は肩こりはなかったのですが、40歳を過ぎたあたりから左肩だけが凝るようになってしまって、いつも楽器ケースを左にだけ肩掛けしているからかなとか、ファゴットで左手に負担がかかるからかな、と思う程度で、お医者さんにも行きませんでした。それがだんだん、しびれているな、痛いな、と感じるようになりましたが、こんなものだろうと我慢していたんですね。治療を始めたことで、ようやくその痛みと向き合うようになりました。

----治療を受けるようになって、どんな変化がありましたか?

 痛くなる頻度が減りましたね。先生には運動の仕方も教えてもらって、普段からちょっと気をつけるようにもなりました。  先生に「左肩の痛みはどうしたら治りますか」ときいたら、「ファゴットを持たない、吹かないようになったらよくなりますよ」と言われ、やめるわけにはいかないので、メンテナンスしながらうまくつきあっていこうと。

----お気に入りの健康グッズは......カエルですか!?

 ツノガエルの「きみちゃん」です。子どもがペットを飼いたいというので、ペットショップに行ったら「これがいい」と選んだんです。最初はその柄が気持ち悪くて、「ちょっとこれは......」と思いましたが、鳴かないし、目がクリクリしていてかわいいなと、だんだん家族のようになってきました。仕事でストレスがあっても、家に帰って話しかけると、じーっと聞いてくれているみたいで、不思議と癒されるんですよ。何も答えてくれないんですけど(笑)。家内も子どももそれぞれ話しかけています。


----食に関する本もたくさんお持ちですね。

 家内が色々と探してくれるんです。旅のときはどうしても外食が多くなっちゃうので、例えば牛丼屋のメニューでも、牛丼はよくないけれど朝食セットはいいものだよとか、具体的にできそうなことが書いてある本などもあります。他にも、歩くのがいいとか、本から教わったことが色々とあります。

----いつ頃から食事や運動に気を使うようになったのですか?

 実は30歳の頃、体重が80キロくらいあったんです。健康診断で中性脂肪の値が2,000もあって、医師から「これは寒いところにいるトドやアザラシのレベルですよ。このままではあと10年も生きられない」と言われたんです(笑)。これはまずいと思って、油抜きの食事にして、大好きだったラーメンもやめ、ジョギングもして、一生懸命体重を落としました。これは辛かったですね。63キロくらいまで落ちたら、今度は体力も落ちてしまって、ブラームスのシンフォニーを2曲続けたときにフラフラになっちゃったんですね。それからは無理な食事制限はやめて、65キロくらいまで戻して、今でもなんとかキープしています。ただ、ぼくはお酒が好きなんでね...週1回は休肝日にするようにしていますが、ちょっと損しているかも知れません(笑)。
 ぼくは食べることも大好きなので、せっかく食べるなら食材も考えて野菜を多めにしたり、肉よりは魚にしたり、オリーブ油にしたりして、なるべく身体にいいものを選ぶようにしています。家内は同じ楽器をやっていて音楽の話がわかりますから、家に帰って、今日の演奏はこうだったよ、なんて話しながら飲んだり食べたりするのが本当においしいんです。やっぱり食べるのも飲むのも、楽しい時間にしたいですよね。

----「芸術家のヘルスケア」として、今後取り組みたいことはありますか?

 歩く時間を、もっととりたいですね。走るかわりに歩くようになってから、腰痛もなくなりましたし、とてもよかったんですが、今は教える仕事も増えてきて、旅公演先以外では、なかなかその時間がとれなくなっています。歩くときには、ただ歩くだけじゃなくてちょっと肩を動かしたり、家内と子どもの話をしたり。そういう時間が大切だなと思います。

鈴木一志(すずき・ひとし) ファゴット奏者。東京音楽大学付属高校、同大学を卒業。卒業後、ウイーン留学。第6回日本管打楽器コンクール入選。三田平八郎、霧生吉秀、菅原眸、山上貴司、馬込勇、カール・エルベルガーの各氏に師事。広島交響楽団を経て、現在、日本フィルハーモニー交響楽団 首席奏者。東邦音楽大学講師。カスタム・ウインズ木管五重奏団のメンバー。

日本フィルハーモニー交響楽団

制作:NPO法人芸術家のくすり箱 [2013.12作成]