本番で100%の力を発揮するために
本番でのパフォーマンスに限らず、人前でのスピーチ、試験、失敗できない場面、初めての場所を訪れた時など、日常生活の中には緊張する場面が溢れています。緊張やあがりは誰にでも起こるものです。緊張しないことよりも、たとえ緊張しても、それに対処することができるスキルを知り、使えるようになることが大切です。
芸術家も行っている”メンタルトレーニング”
メンタルトレーニングは、主にスポーツ心理学を背景として発展してきた心理面(心理的スキル)のトレーニング方法です。スポーツ選手だけでなく、俳優や音楽家などの芸術家、ビジネスマン、医師など、パフォーマンスの成功を目指す様々な分野の人々が実施し、効果をあげているトレーニング方法です。
メンタルトレーニングの実施にあたって
「緊張やあがりに効くと聞いたリラックス法を本番直前に初めて試したけれど、うまくいかなかった」との不満を聞いたことがあります。が、このような行い方は誤り。うまくいかなくて当然です。メンタルトレーニングは、1回行えば大成功できる魔法でも、即効性のある特別な秘薬でもありません。皆さんが自らのパフォーマンスの向上のために、技術や体力などのトレーニングを日々重ねているのと同じように、計画的・意図的、かつ、継続的に実施し、心理的スキルを磨いていくことが大切です。
メンタルトレーニングにおける5つの基本スキル
心理学者マーティン(1991)は、次の5つを「ターゲットスキル」と位置付けています。
- イメージの活用
- 心理的エネルギーのコントロール
- ストレスマネジメント
- 注意のコントロール
- 目標設定
この5つの基本スキルの中から、今回は、 1. イメージの活用と、 2. 心理的エネルギーのコントロール についてお話しします。
1. イメージの力を活用する
イメージトレーニング
イメージトレーニングやイメージリハーサルの実施は、パフォーマンスにおいて、とても重要な意味を持っています。まずは、そのことを体感してみましょう。
- 顔の前で利き手の親指を立て、腕を前に伸ばします。
- 親指を見ながら、ゆっくりと腕を横に動かしていきます。身体を捻って「これ以上行かない」と思う所で、親指の場所と重なる目印を探して覚えた後、元に戻ります。
- 目を閉じて、先ほどと同じ動きを頭の中だけで想像します。親指の目印よりも少し先まで行って戻ってくるイメージを2回繰り返して目を開けます。
- 最初と同じように顔の前で親指を立て、腕を伸ばし、身体を捻ってみてください。
いかがでしたか? おそらく、(4)では、(2)で目印にしたところよりも先まで行けたのではないでしょうか。パフォーマンスの遂行には、イメージ70%、体力28%、技術が2%影響していると言われます。イメージトレーニングを行うことで、今までよりも良いパフォーマンスが可能になることをご理解いただけたのではないでしょうか。
ポジティブなイメージを!
イメージトレーニングを行う時は、必ず、ポジティブな(成功の)イメージを描くようにしてください。なぜ、ポジティブなイメージがよいのでしょうか。
黄色と白のシマシマ模様のゾウを、絶対に想像しないでください
「想像しないで」と言われても困りますよね。頭の中には、すでに黄色と白のシマシマ模様のゾウがいるのに! 「イメージしない(否定の)イメージ」はとても難しいものです。ところが、パフォーマンス時には「緊張してはいけない」「失敗は許されない」「ミスしたらどうしよう」などと考えてしまいがちです。その時、頭の中には「緊張していないイメージ」ではなく「緊張しているイメージ」が浮かんでいます。知らないうちに、うまくいかない”おまじない”を、自分自身で、かけてしまっていたのかもしれません。
2. 心理的エネルギーのコントロール
リラクセーションとサイキングアップ
「良い緊張感」の時に最も良いパフォーマンスが可能です。緊張度が最も低いのは寝ている時。寝起きすぐにベストパフォーマンスは望めませんので、適度なサイキングアップが必要です。一方、緊張やあがりなどで高くなり過ぎた緊張度を調整するのがリラクセーションです。
サイキングアップ
心理面を活性化する方法です。短く速い呼吸の繰り返し、その場で駆け足、身体をたたく、大声をだす、アップテンポの音楽を聴く、笑う、前向きな(やる気の出る)言葉を唱えるなどの方法があります。
リラクセーション法
呼吸法
腹式呼吸を行います。ポイントは、まず、おなかがへこむまで息をはき切ることです。次に、鼻からゆっくりと息を吸います。1拍、息を止めた後、今度は口からゆっくりと息をはきます。吸う息よりはく息が長くなるようにしてください。緊張や心配な気持ちなどが、はく息と一緒に身体の外に出ていくイメージを加えてもよいでしょう。
筋弛緩法
リラックスするには力を抜けばいい–そう思えば思うほど、力が入ってしまうことがあります。そんな時には、力を入れてから力を抜くようにしてください。たとえば、ギューッと握りこぶしを作ってから力を抜く、肩を耳につくくらいまでギューッと上げてから力を抜いてストンと下ろす、顔の中心に目・鼻・口を集めるように力を入れてから緩めるなどです。力を入れている時は、呼吸を止めないように注意して行ってください。
制作:NPO法人芸術家のくすり箱 文:大場ゆかり(早稲田大学人間科学学術院人間総合研究センター客員研究員) [2010.10作成]